井の頭通信 04
1
休日だが,出勤であった。任せられたもろもろの雑務を済ませ,接待のための会場へ向かう。吉祥寺は冷えたつ春の雨に濡れていた。タクシーは井の頭公園通りで完全にスタックして,それで,やまけんから「今日暇ですか?」とラインが来た。「そっか,きみの卒業式,今日か」と返信しながら,今夜はさっさと終わるといいな~と思っていた。
着いた先は卒業式を終えた学生らで溢れていて,接待は隣部屋のバカ騒ぎに押されて早めのお開きとなった。個室を出るさい,学生たちにその調子だぜ,😉とアイコンタクトを送ってやった。
店を出ると,社長たちから2軒目に誘われたが,すいません,自分Z世代なので,ここで帰ります(笑)。とちょけて解散となった。井の頭線のホームへ昇るふりをしながら,踵を返して,なかばうんざりしたような,かがやかしいような,ああ,そうだ。ゾンビのような表情でアトレに半身を滑り込ませた。
大量の卒業生に囲まれて,恋人がやって来るのを待つ。待っていると,カズキという別の後輩から着信があった。一杯だけ祝ってやってもいっか。と思ったし,かわいい後輩たちにかわいい恋人を紹介したかったから,4人で美舟に行くこととした。
スイートピーを2本買った。恋人はチロルチョコを選んだ。
それから,美舟は満席で,饗宴はいせや(公園口)に流れた。ああ,愛しの美舟よ。ああ,いせやの愛くるしさよ! うまくもない,安くもない,客も店員もカスばかりで,見た目だけかっこつけの,吉祥寺の写鏡のような居酒屋たちよ。どうか,後輩たちの足がこの街から遠のいても,末長く繁盛していってください。そうでないと,ほんとうに好きなお店に,あぶれた馬鹿どもが流れてきてしまいます。
残念ながら,閉店までいせやに居座るといった運びになり,井の頭公園へと降り,サークルOBの矜持を見せるべく意気揚々と池へ飛び込んだ。実際,初めてだったが,水の冷たさより,池の底の,泥濘の柔らかさに感動した。やまけんに右手を,カズキに左手を引かれて,地上に帰還した。恋人は2人の一歩後ろから,呆れてわたしを見ていたが,帰りの電車で隣に座ってくれた。身の回りをイエスマンや,歳下の男や,奴隷や,いい奴らで固めるのが大好きで,そいつらの,困り半分/わたしと関わるのやめようかな,といった表情を認めるために,今日も必死に生きているのだ。
2
いま,ちょっとやってみたいことがあって,そのために自分のホームページを作っているのだけど,とにかくわたしはこの手の作業が大嫌いで,報酬はいくらでも払うので,能力のある友だちに全部丸投げしたいと思い,いまのところ完全に放置している。
触りだけまじめに調べ物をして取り組めば,わたし程度のアタマでも十分解決できることなのは分かっているんだけど,一回「や,これわたしの仕事じゃ,ねえよなあ……」と思ってしまえばそこで終いで,あとは天啓が降りるか,奇跡が起きるのを,ソファに腰掛けて待つという怠惰さがある。
しかし,わたしはいつでも・どこでもしつこく,適材適所論を吹聴している人間である。
家を建てるにしたって,神と交信する巫女が空間をデザインし,屈強な詩人が梁を建て,何時間でも海を眺められるような人間が不動産に広告を打つだろう。自分が頑張りたくないな,と思うなら,頑張れそうなところで頑張れば🆗なのだ。ほんとっすよ,お姉さん。全部80点,綺麗な五角形の通知表で象られたお利口さんよりも,4教科赤点で,数学だけ300点とか取るようなやつと友だちになりたいの,わたしは。
家を建てるならわたしは何やんだろ。たぶんドカタかな。白より,青いシャツの方が断然似合うから。
3
平日の夜,吉祥寺の北口改札を出たあたりにたむろしているヤンキーの群れ。フェラガモのコインヒールか,ヴァレンティノのスニーカーを履いている,ジェルで逆立たせた金髪か,小さくカールしたパーマの(これまたてっかてか),肩で風を切っているというかもう肩で歩いているような,決して女は連れずに同型のオスだけで遊んでいる,チンピラの,飢えたサルみたいな眼をぎょろつかせてる,日付を跨いでワゴンで所沢へ帰ってゆく,ヤンキーの一群。あれが吉祥寺という街の象徴である。Hanako編集部,見てるか〜? なぁにが,『仲道通りに先月オープンしたショップはノルウェーのブルワリーから直取引しているここでしか味わえないクラフトビールを扱うヒップなサパー ¥1800』だわよ。現実と向き合いなさい! 目ェかっ開いてなさいよ!
吉祥寺でいいデートをするためのガイドライン
腐すばかりなのも悪いから(愛がある,毒のつもりなのだけど),それじゃあ,ここでひとつ,わたしからとっておきの吉祥寺デートプランを提案してあげます。
α. はじめに
断っておくけど,吉祥寺という街は,デート向きでの場所ではないと思う。恋人を,あるいは意中の相手を楽しませるには,あまりにも,2人になれる場所が少ない。我々は,恋人と,あるいは意中の相手と,良い時間を共にしたいと思っている。そして,あなたもそう望まれている。その手助けになれば幸いである。
1-1:おいしいお店には,おいしいお酒がある(行列も,高すぎる会計とも関係がない)
食事において,「朝は王様のように,昼は貴族のように,夜は貧者のように」とはヨーロッパの社交界で用いられた,古い慣用句である。つまり昔のヨーロッパって,飯とか,まずかったんだろうな,さぞかし。
それでは,ウチらも貴族のルールに則って,朝活に比重をおいたデートをしてみよっか。じゃなくてもどうせ,吉祥寺の夜は高くつくから,貧者に扮するのもなかなか難儀だ。
朝の早い時間から開いているWORLD BREAKFAST ALLDAYでは,2カ月ごとにさまざまな国や地域,民族の伝統料理が楽しめる。ブルガリアのチョルバってなに? コシャリってどこの? とか,昔は上流階級だけの特権だった無邪気さを開放してみよう。朝からホワイトビールを飲んじゃおう。けっこう人気のお店だから,開店時間前に行くと安心。
それから,中華街が8時に閉まる前に駆け込んで,絶品のお粥を食べるのも最高(鶏肉のお粥がおすすめ。本当に,ここ以外でお粥を食べたくなくなる)。中華街に関しては,この街で文句なしにいちばん優れた飯屋で,どんなに心がすさんだ夜にでも優しく身体を包み込んでくれて。
正直いって,しゅきぴの前でいいかっこして過ごすよりかは,悪友たちと朝まで飲んで,始発が来るまで,とどめのジャスミン割と温かい料理をつまみ,仕事あがりで,レタスチャーハンと酸辣湯麺とエビチリと餃子を貪り喰うキャバ嬢と,付き添いのボーイたちの会話をつまみ,結局始発で帰るのが名残惜しく,アディショナルタイムへ突入。なんて時間を過ごしてほしい場所だけど。
朝の井の頭公園は綺麗じゃけど,前夜の学生たちがベンチに遺した,汚いゴミ類が相手を幻滅させてしまうじゃろうけえ,腹ごなしにほかの公園まで散歩するのもええじゃ。おすすめは,吉祥寺西公園。仲道通りという,小洒落たショップが軒を連ねる道の終点にある。芝生のただなかに,大きなシラカシの木が一本植わっていて,その周りを,近くの幼稚園児たちが遊んでいる,牧歌的な景色を望めるでしょう。公園の入り口にあるLIGHT UP COFFEEで浅煎りのコーヒーをテイクアウトするってのはいかがでしょうか。酸味の強いコーヒーって,コーヒー好きからは不評だけど,そもそもウチはコーヒーが苦手なので,これくらい,ジュースみたいなほうが好みなのである。
仲道通りには本当にたくさんのお店があって,その分,入れ替わりも激しい。消費者を満足させる魅力的なモノ(goods)がたくさんある。コト(experience)も,トキ(?)も……。
とがった選書の古書防破堤,ワンコインでボトルにワインを注いでくれるYATSUDOKI(本当は,おいしいスイーツのお店),カレー激戦区の吉祥寺にあっては,まめ蔵の野菜カレーが一番好きで,かといってナマステ カトマンズのネパールカレーも捨て難い。ビデオインフォメーションセンターで変な雑貨をしばき,カトラリー類を格安でゲトり,店の面構えが抜群にシブい若林ワイシャツ店で,彼のスマートな体躯に沿ったシャツを採寸してもらったりもできる。先ほど槍玉にあげた手前,恐縮だけど,Ben's Slop Shopはたしかに,クラフトビールが好きなマブナオンを連れていくのにはこれ以上ないくらいいい感じなお店だし,わたしのように肩肘を張らず,適度にかっこつけて楽しんでほしいもんですよ。
楽しげな開店情報として,現在クラウドファンディングで出資を募っているZINE FARM TOKYOは,日本中から集まったZINEが販売される予定だ。
それで,夕方ごろに解散しよ。ディナーはお家で,各々が買ったものを褒め合い,触り合いながらでもいいんじゃん? わたしは全然飲み足りないから,このまま,ナイトクルーズ編に向かいますが。まあ,それもいつか教示してやりますよ。山岡士郎じゃあるまいし,講釈垂れてる暇あんならお酒飲むし。まだまだ呆れられたいし。途中で友だちとか呼ぶし。途中で友だち帰らすし。定期券あるから永福町とか行ってもかまへんし。てか,まだ帰りたくないし。ずっといたいし。隣にいてくれたらバリ僥倖やし笑。日高屋? 行かんし笑。てか君んち帰ろうし笑。
ガイドラインはまだまだつづく。
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