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どちらでもいい

自分がこだわりが強いなんて、気づかなかったわ〜。
ここぞというときは、頑として揺らがない。
「これ!」という時ほど、迷いもないし、ほかのものはまるで「無い」みたいな感覚で突き進むのだ。

これしかない!

という感覚なのよ。強烈な選択であり、究極的に厳選を瞬時にしていたのだろうなと、今更ながら思い返す。だから、ほかの人だったら、不安要素になるであろうことも、私の感覚だとその瞬間に無いものになってしまう。こだわりがないのではなく、めっちゃこだわり尽くしているんじゃん!
その反面、どうでもいいことは関心がなさ過ぎて、記憶にさえ残らないような有様。昔は、記憶力の権現だったのに。。。


自分の気持ちや祈りをどこかでいつも感じている。
だから、自分の願いは、叶っても、叶わなくても、どっちでもいい、という感覚になる。
普段は忘れちゃってる。
だから、それが現実になった時、どうしてこんなことが私に起こるの?!とビックリしてしまう。期待してないことが叶うみたいに。
どっちでもいいけど、叶うなら最高の!という強いこだわりの為せることなのだろうか?

三年前のメモが出てきた。
そこには、漫画みたいな願いが10個掲げてあった。
3年後、10個のうち、4個も、叶っていた。
その当時、こんなことを掲げていたことに驚く。大きな挫折の渦中だったはずなのに、私はどこまでも諦めないオンナなのだと改めて思った。
そして、忘れている。
それなのに、漫画みたいな願いが4つも叶っていた。

その漫画みたいな願いが叶っても、叶わなくても、どっちでもいい。
でも、叶ってしまうと、わーーーーー!神様!!!!ありがとう!!!

となって、めちゃめちゃ泣きたくなる。
私のこと、忘れてなかったんだ!みたいな気持ちになる。

最高の願いをして、忘れるくらい毎日を味わう。
自問自答しながら。
問えば、すぐに、ほんとに瞬時に私の答えが返ってくる。

そうか。

そして、毎日を味わう。
自分にできることをする。これが一番楽しいかな。
でも、緩めることや意味のないようなことも与える。
その繰り返し。

忘れちゃうよね、日々味わうことに夢中で。
嬉しいことも、
心揺れることも、
喜びも悲しみも全て感動で、それを存分に味わう。

必要なことが必要な時に、起こる。
まさに。
どんなことも。

ゆるめて ひらく

ひとつになって つきすすむ


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