第6章(第2稿) 失敗したときは「学びの機会」を得たと捉え、淡々と次に取り組む

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前章の最後に「ゴールを目指す過程で自分のベストを尽くし、出た結果に100パーセント責任を負う覚悟を持つことで、不安を感じたり悩んだりすることはほぼなくなったのです。」と書きました。

が……。

数か月が経ったころ、その「ベストを尽くす」こと自体が、とてもつらくなってきました。そして、なかなか結果が出ないこともあって、自分に自信を失ってきたのです。

こうなると悪循環です。出た結果に100パーセント責任を負う覚悟をもったはいいけど、それが自分の期待にそぐわないと、自己肯定感がぐっと低くなってしまいます。そして、思うような結果が出ないのは自分がベストを尽くしていないからだ、と自己嫌悪に陥り自分を責めてしまうのです。

そんな自分にほとほと嫌気がさしてきたころ、ある言葉を思い出しました。

三流は、いっさいがんばろうとしない人。
二流は、ずっとがんばろうとする人。
一流は、がんばらないときがわかる人。
ジョン・キム

「怠ける力も集中力の一部」という考え方です。

集中できないときに、むりやり集中しようとしてもいいことはありません。そんなときは、集中しないことを意識的に選択してみることもありです。

安心して怠けているときは、たぶんリラックスしています。忙しい日々の中で、「怠ける力」を発揮することは一つの才能であり、これが仕事の生産性を高める大きな武器になり得るのです。

「がんばる、集中する」に負けないくらい「がんばらない、集中しない」は、脳の休憩と、怠けたことへの罪悪感をもたずにすむという効果が相まって、のちに集中力を発揮するときにおおきな推進力となってくれます。

僕は、会社員時代に関西で営業活動をしていた経験があります。営業車でかけずり回っていたのですが、ある日どうにもがんばれなくなりました。このまま営業に行ってもろくなことはないな、と考え、電話してアポを延期してもらいました。

そして、神戸の先にある舞子浜という海岸に行き、何時間も海を見つめていたのです。何もしないでいるうちに、自然とこのままじゃいけない、という思いが自分の内面から湧き上がってきました。そして、次の行動にうつる元気が出てきたのです。

それ以来、無理にがんばろうとしないようになりました。今でも実際にどうにも集中できないときは、自然の中に身を置いてボーッとする時間をとるようにしています。

そんなある日、私を自己嫌悪の悪循環から救い出してくれるもうひとつの大切なメッセージに出会いました。それが、日米通算4000本安打の偉業を達成した後に語った、イチローのこの言葉です。

「4000本のヒットを打つために、8000回以上の悔しい思いをしてきている。その中で、つねに自分なりに向き合ってきたという事実はある。誇れるとしたら(4000本のヒットを打ったということではなくそこではないかと思う」

あのイチローですら、打った安打の2倍以上の凡打を重ねているわけです。そして、失敗と向き合い、真剣にその原因を追及し、バッティングの改善に取り組んだのは想像に難くありません。それは、彼自身にとって4000本のヒットを打ったこと以上に誇れる実績だったのです。

無数の凡打を積み重ねることで誰もなし得なかった記録に辿り着く。それはまさしく「失敗力」と言えるのではないでしょうか。

「失敗力」は、何もイチローのような偉人だけでなく、僕のような凡人にこそ必要なものです。

少々結果が出ないことが続いたからといって、それを嘆き自分を責め自己嫌悪に陥るなど、もってのほかです。 うまくいかなかったのなら、どうしてうまくいかなかったのかを真摯に追求し、そこから何かを学び、同じ過ちを繰り返さないよう肝に銘じる。そして、次なる試みに取りかかればいいのです。

人生には「できなかったこと」は、たくさんあると思います。そして、「できなかった」には2つの意味があります。

1つめは、試みたけどうまくいかなかったケース。2つめは、やろうともせず最初から諦めてしまったケースです。両者には決定的な違いがあります。

「試みたか、試みなかったか」という違いです。

では、試みたことは無駄な努力だったのでしょうか?

「失敗学のすすめ」という本には次のような記述があります。

失敗は、未知との遭遇による「良い失敗」と、人間の怠慢による「悪い失敗」の2種類に分けられる。

不可避である「良い失敗」から物事の新しい側面を発見し、仮想失敗体験をすることで「悪い失敗」を最小限に抑えることが重要である。

畑村洋太郎「失敗学のすすめ」(講談社)

試みたけどうまくいかなかったケースは「良い失敗」、やろうともせず最初から諦めていたケースが「悪い失敗」です。

かのエジソンも、次のように言っています。

私は失敗したことがない。
ただ、1万通りの、うまく行かない方法を見つけただけだ。
トーマス・エジソン

当時、SNSで次のような投稿を目にしました。

強者と弱者

人を大きく「強者」と「弱者」に分けた図の中で、この投稿者は「失敗者」を「強者」に位置付けていました。失敗しても諦めずにチャレンジを続ければ、いつかは「成功者」になるということです。

一方で「やらない者」は「強者」と「弱者」を隔てる壁をいつまでたっても越えることができず「弱者」のままというわけです。

というわけで、本章では「怠ける力」と「失敗力」の2つによって、自己嫌悪の悪循環から抜け出す手がかりを得たことをご紹介しました。

人はみな、サボったり怠けたりすることに罪悪感を抱くでしょう。でも、サボったり怠けたりすることに大切な意味があるのだ、と気がつけば時と場合によって積極的にそうすることができるでしょう。ずっとサボりっぱなし、怠けっぱなしというわけにはいきませんが。

そして、失敗することは悪いことだ、という先入観も捨て去る必要があります。失敗したのはなにかにチャレンジした結果であり、失敗から学ぶ機会を得たのだからラッキー!、と喜ぶくらいでいいのです。

同じ失敗を何度も繰り返すのは論外ですが、失敗から学んだことを生かし、やり方を変えてチャレンジを繰り返したら、きっといつかは成功に結びつくはずです。

がんばるときと、がんばらないでいいときを賢く見極め、どんな失敗をしても前向きに捉えて次なるチャレンジに進んでいきたいと思うのです。



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