妄想レィディオ #9

もし、貴方が突然、言葉を無くしたら?

サザンオールスターズの「マンピーのG★SPOT」をかけている間に、今日のゲスト・言語聴覚士の“くるみ”さんにお話しを伺っていたのですが、医療の現場でもこの「失語症」、あんまり重要視されていないそうですね。

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「そうです。軽視される傾向があります。『生きてるやん』と」
いや、まぁ、確かにそうかもしれないけれど・・・
「歩けるか、歩けないかの方が大事。トイレに行けるか行けないかの方が大事。喋られへんことぐらい、ええやんと言うスタンスなんですよね。そんなことはない!実に理不尽だと思いますね」
では、“くるみ”さんは、この「失語症」をどう言った障害だと説明されるんですか?
「まず、社会参加の障害ですね。コミュニケーションがとれないことは、人と関われない。足が不自由であっても、コミュニケーションすることは出来るし、SNSも出来る。意思疎通は出来るじゃないですか。しかし、彼らは人と関わる機会が激減する。だから、社会に参加出来なくて、孤立しちゃう。また、意思決定の障害でもありますよね。自分の意見も、上手く言えないので、自分の意思を示すことが出来ない。となると、結局、自立が阻害される障害と言えると思いますね。だってそうでしょ、一人で銀行に行っても窓口対応が難しい、役所に行ってもそう、病院に行っても病状やクスリの説明が分からない。結局、1人で行きたいと願っても、どこに行くにも誰かがついていかねばならない。まさに自立を阻害する障害だと言えると思います」
今回、じっくり“くるみ”さんからお話しを伺って、この「失語症」、確かに想像以上にやっかいな障害だと知りました。その障害に悩む方々が50万人もおられて、ボクらだって、いつ何時その障害に陥るか分からない。その可能性が十分にある。でも、医療の現場では、軽視されている。それは、やっぱり、リハビリに励んでも、なかなか成果が現れない、目に見えて、その成果が現れない、と言うのがその理由ですかね?
「言うても、よくはなるんですよ。しかし、スピードも合わせて求められる成果主義の世の中では、なかなか理解してもらえないんです」
なるほどなぁ。効率ばかり求めると、どうしても取り残されちゃう人が出て来る。しかし、何でもかんでも効率だけで判断するのは怖いですよね。それも、人間の身体を、効率だけで判断するのはダメでしょ。いやいや、ダメ、ダメ、絶対!自分がその立場になった場合のこと、考えて欲しいですよね。
ところで、“くるみ”さんのような言語聴覚士って、国家資格で、なかなか試験も難しいのに、その資格を取ろうと言う人、増えているらしいじゃないですか?
「合格率は60%から70%くらいです。試験科目は、基礎医学や臨床医学など11科目あって、決して簡単なものではありません。その資格を取ろうと言う人が増えているのは、まぁ決して良い意味じゃなくて、“手に職があった方がいいから”と言う感じで、両親に勧められて志願したという人が多いのも事実です」
おぉ、今の、就活状況を反映してのことなのね。まぁ、それはそれとして、そうした難関を突破して資格を取られた言語聴覚士って、何人おられるんですか?
「有資格者は、4万人弱かと。でも、そのうち実際に働いているのは、半分以下かな」
皆さん、病院で?
「およそ7割が、病院で働いています」
さて、“くるみ”さんは、言語聴覚士として働いて・・・
「もう20年近くになりますね」
これまでに、何人の失語症の方と出会って来られたのでしょうか?
「延で言うと2~300人には、少なくてもお会いしていますね」
そんなに。でも、なかなか成果の見えないお仕事ですよね。これも、曲を流している間にお話しを伺いましたが、お給料だって決して高くはないそうじゃないですか。
「高くはない、じゃなく、安いですよ(笑)」
しかし、それでも、ここまで続けて来られて、さらに、今夜も熱く熱く、この仕事を語られる。その魅力は、さて、何なんでしょうか?
「そりゃもう、メチャクチャ感謝される仕事だからですよ、本人さんや、家族さんから」
例えば、どんな風な言葉をかけてくれるんですか?
「喋られるようになりました。先生のお陰です、とか。先生にしか、分かってもらえませんでした、とかね。皆さん、孤独だったんですよ。担当医とも意思疎通が出来ない。だから、私が、聞き出して、それを医師に繋ぐと言うのも私たちの重要な仕事ですよね。あと『仕事に戻れました』とか、何年も経ってからお礼に言いに来られた際は、やっぱり涙が出ますよね。そうした声が、やりがいに繋がりますよね」
では、例えばボクらの周囲でそうした方と出会った場合とか、知り合いが、そうなっちゃった場合、そうした彼らとコミュニケーションをとるのは、やっぱり難しいでしょうね。なかなか分かってあげることは出来ないんじゃないかな。
「でもね、KUNIさん!聞こうとする姿勢は、分かるんです。一生懸命聞こうとしていることは分かるんですよ。たとえコミュニケーションが成立していなくても、聞こうとしている態度は嬉しいんですよ」
へぇ、そこは分かるんだ。
「そうなんです。ですから、『分からないから、どうしよう?』と皆さん思うにちがいないけど、分からなくても聞こうとすればいいんです。彼らも状況は分かるから、こっちの誠意は伝わるんですよ。まずは、声を掛けるところから始めてもらえれば、と思いますよ」
いや、でも、たとえ声は掛けられても、やっぱり分からない。わぁ、ごめんなさい、なんてことになることは往々にしてありそうだけど・・・
「それで、いいんです」
それで、いいんですか?
「言語聴覚士も皆、最初は、そう悩みます。でも、それで良いと。『分からなければ、ごめんなさい、と言いなさい』と私たちも教わってきました。それでも、先方は納得すると。一生懸命コミュニケーションをとろうとすることが大事なんです。まして、皆さんは、言語聴覚士などでない。一般の人。それは向こうも分かります。一般の人に分かるはずなどない、と言うのは分かっている。そりゃそうですよ、向こうも自分の障害のことは分かっているんだから。ですから、皆さんから声を掛けてくれたら、ありがたいと、絶対、思っていますよ」
おぉ、そう聞くと、随分と気が楽になりました。
「声を掛けてあげて下さい。『おはよう』『またね』『今度、聞かせて下さい』そんな風に声を掛けていただければいいんです。挨拶からで良いと思います」
なるほど。挨拶から、ね。でも、これまたネガティブな意見で申し訳ないですけど、挨拶しても返ってこないんじゃないのと思っちゃうんですけど・・・
「アイコンタクトがあれば、あぁ、届いてるなぁ、入っているなぁと。こっちをズッと見てくれていたら、聞いてくれているんだと理解してあげて下さい。失語の人って、言語以外で理解しようと努力されているので。まずは、失語と言う障害があることを知っていただいて、そして待ってあげて下さい」
そうなんですよね。ボクも今夜、“くるみ”さんのお話しを伺っていて、この“待つ”がキーワードなんだろうなと朧気ながら思っていました。リハビリの効果を待つ。言葉が出てくるのを待つ。反応を待つ。でもさぁ、今、この“待つ”が、出来ない時代になっているように感じません?携帯やスマホが出現して、例えば、待ち合わせ場所で、相手が来るのをワクワク、ドキドキしながら待つ、なんてこと無くなったもんね。「今、何処にいるの?」と、すぐ聞けちゃう、聞かれちゃう。また、SNSだって“即レス”が基本でしょ。「どうして、すぐに返事くれないのよ」と1時間も返信し忘れたら怒られちゃうとかね。あぁ、文通していた思春期の頃が懐かしいよ。ポストの前で、彼女からの手紙、もう半日ぐらい待ってたもんね、郵便屋さんまだかなぁ、って。
「スピード社会って、実は、皆によくないですよね。世の中世知辛くなって、皆、大変。皆がしんどい。この“スピード重視”を考え直したらいいかなぁ、と、ホント思いますね」
スピード重視の世の中を変える、今日の金言いただきましたぁ!
さて、その言葉に合わせて、エンディング曲は、ザ・モップスの「気楽に行こう」をおかけしようかな、と思ったんですが、1973年の曲なんですよね、実に古い!石油会社のCMソングに使われた名曲ですが、流石に、若い皆さん覚えておいでではないだろうな、と思って、“くるみ”さんに、リクエスト曲を伺ったところ・・・
「糸。中島みゆきさんの。でも、徳永英明さんのカバーバージョンで」
との、ことですので、この「糸」をおかけしようと思うんですが・・・
「ある人から、この歌、先生のテーマソングじゃない?と言われたんですよ」
なるほどなぁ。失語症の方々の思いと、医療関係者や、世間の見方、時にそこには偏見もあるんでしょうが、そうした様々な思いを、糸のように紡いでいって、暖かい布を、“くるみ”さん、これからも織りなしていって下さい。今夜は、長時間ありがとうございました。
「ありがとうございました」
では、中島みゆきの「糸」、今夜は徳永英明バージョンでお聞きいただきましょう。
皆さん、おやすみなさい。また、良き明日、良き朝をお迎え下さい!(了)


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