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貧困と学び-2(いま思うこと)

貧困と学び-1の続きです。

予備校新聞奨学生の秋以降も、学力は低迷していました。しかし、あきらめずに相変わらず朝刊夕刊を配達しつつ、3時間睡眠で勉強を続けました。

受験時は、早稲田、法政、駒澤、名城、東洋の昼間部と東洋の夜間部を受け、結果、受かったのはすべり止めの東洋大学2部法律学科のみでした。

当時の東洋大学2部は、高校の勉強をキチンとやっていれば必ず受かるレベル。わざわざ予備校新聞奨学生で苦労しながら勉強する必要は無く、とても悔しくてたまりませんでした。二浪も考えましたが、「せっかく受かったのだから」と親から説得され、入学しましたが、納得して入学したわけではありませんでしたから、入学式にはいきませんでした。

入学してみたら、一浪のすべり止めで入った人がけっこう多くいて、現役入学の公務員など勤労学生もいましたが、ほとんどは昼間のアルバイトをしつつ大学へ通っていました。

中年の方や首都圏の有名公立進学校出身者もいて、いろんな人たちと学ぶことになりました。

嫌いではない法学系に触れることができ、受験学部選択という点では間違っていなかったと思っています。しかし、30年前の東洋大学は白山(はくさん)キャンパス再開発前ということで狭いキャンパスで、今よりもずっと地味なイメージでしたから、「なんとなく不満」でした。現在では、後悔はありません。

現在は、某大学院法学系研究科修士課程のシニア大学院生(52歳以上対象)です。

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