頑な、彼の心の扉をひらいた。
これはわたし以外には本当にどーでもいい話。
でも、わたしにとっては最高の夜だったっていう話。
そして誰かのためになるかもしれない一歩の話。
誰にも語れないことを語れる人と、目的のない議論ができる時間は至福の時だ。
彼は10年前から知り合いだ。
友人とは言えない知人という距離感。仕事で知り合ったけれど、それは誰もやったことがない、大変な仕事だった。先が見えにくいだけに、燃えたし、楽しめた。その時のパートナー企業のメンバーだ。
彼は、本音を心のずーっと奥に、いつも隠している。
180cm超えの長身に、こじゃれた黒縁メガネ、ほどよくやけた肌をしたスマートな男だ。私より1つ年下の彼は、素直さや人懐っこさを持ち合わせている。そのせいか、いつも若々しく感じられた。
ガードが固いことが平常運転で、他人からの探りを実に爽やかにさらりとかわす。それは独特で不思議な空気を醸し出す。なんとも完璧というか、心に鎧をまとったという表現が最適かもしれない。
そんな彼から、会食のお誘いをもらった。
出張前だったので、連絡が来た翌日しか空きがなく、その日に会うことにした。
どうせ、コンペの競合相手になる私たちへのリサーチだろうと考えて、さっくりご飯を食べて帰るつもりだった。
一対一で会話するのは楽しい。
人の心をゆるやかにし、意外な発見によく遭遇する。
この日も当たり障りのない会話が続いた後、どうしても誰かに言いたい話しがあると、口火を切った。
『PTAって不倫が多いですよね…。』
『おっ、それわたしも知ってる。衝撃的だった。』
それが、長い会話の幕開け。
何を思って口にしたんだろうか。お酒が良くまわったのかもしれない。
なんでそんな小さな小さな範囲で大きなリスクをおかしてそんなことがおきるのか。その心理ってなんなんだろうか。(不倫の良し悪しは置いといて)でも、やってる当事者は幸せなんだろうね。その幸せって社会的には理解されないし、誰にも伝えることができないんでだよね、きっと。不倫だけじゃなく、人に言いにくいことって意外に多くて、それをただ肯定して、幸せに浸ることができる場所があったら、僕は嬉しいと思うんです。特に利害関係のある人に言えないことは多い。それを気持ちよく話せる場所があったら、需要があると思うんです。
こんな話をなぜこの人としているのか、途中でふと我にかえり、よくわからなくなったが、もうそんなことはどうでもよくなった。それから長いこと、人には言えない恋愛話や自慢話、人に言えない話を肴にたらふく飲んだ。彼は終電を逃しても喋り続けた。
どうやらこんな話を人にするのも初めてだし、熱心に会話を交わせる人もいないらしい。
『こんなこと人に話すのは初めてだ。あなたは、ぼくの心を扉を開いたね。』
最高だ。心の扉をこじ開けた。苦節10年。
これまでに何度も彼の奥深くの声を引き出そうと試みてきた。人の本心や欲求が滲み出て、洪水状態の話を聞くのは実にスリリングだ。完璧な鎧を身につけた人が、それを脱いだ瞬間、強く愛おしさを感じる。
翌日、感謝の言葉となんとも楽しそうなメッセージが届いた。
「だれにも言えない幸せな秘め事」を語る場所をつくるための企画を書き始めているそうで。どうやらわたしと一緒にやるらしい。
これは最期まで付き合わなくちゃいけない。まだまだ面白い続きが書けそうだ。
人が跳ねる瞬間を見た気がして、わたしは単純に嬉しくなった。
人の変化を見守るのは実に楽しい。
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