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《短編小説集》なにがしかの話

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物語の半分はほろ苦さでできています
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#スキしてみて

好きな人ともう一度眠るまでの日々の話

 お布団には、夜の12時までに入るべし。  それが、この家でのルールだった。 「佳夜ちゃんは育ちざかりなんだから、これぐらい早く寝なくちゃ」  それが、家主である月子さんの口ぐせだった。でも私に言わせれば──同年代の、中学に入学しようかという少年少女なんて、もっと早くに眠っていると思うのだ。そのルールはむしろ、月子さん自身のためなのだろう。私がこの家に来るまでは、いつも夜の3時すぎに寝ていたらしいから。  ともあれ、私は今日も今日とて、月子さんと一緒に寝る準備をする。お

にーちゃんみたいになりたくなかった話

 兄ちゃんが亡くなった。東京のマンション自室で。死因は病死、いわゆる「孤独死」。俺がまだ、中3の頃のことだ。 「……にーちゃんは、東京に行ったりしないよな?」  地元の葬儀でそう尋ねた俺に、彼はゆっくりと頷いた。 「行かないよ」  たぶん、と小さく付け加えたのを、俺の耳は聞き逃さなかったけれど。その自信なさげな面持ちを、見ないようにもしたのだけれど。それでも、俺はにーちゃんのことを信じようとしていたのに。 *** 「俺、ワセダに行きたいと思ってます」  高校最後

失恋歌を聴くようになった12年間の話

 僕が幸せなラブソングを聴かなくなったのは、いつからだっけか。  確か、中3の12月。英語の授業で洋楽を紹介された頃のことだ。そこで教師が取り上げたのは、三つの曲だった。ワムの『Last Christmas』とカーペンターズの『I need to be in love』、それからもう一つ──。  飛び跳ねんばかりに陽気で、ポップな曲調。そのくせ、配られたプリントの和訳歌詞には「傷心」だの「別れ」だのと物哀しい単語が散りばめられている。若い女性と思しき声は、教室の古びたカセ