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レッスン雑談

ギターレッスンに通い出して、少しした頃の話である。
平日の午後、教室への階段を登り、ドアを開けると、もう先着の方達は各々レッスンを始めていた。何回か通っていると、タイミングによって、平日の午前中などは2、3人の時もある。
私は一番奥の左側のテーブルへ。そこには私が借りるアコースティックギターがセッティングされている。その日はいつも以上ににぎわっていた。
今日は、満席だ。
私の隣のテーブルには、セーラー服の女子高校生がエレキギターを抱えてじっと譜面を見て、弾いて、を繰り返していた。
私が開くのは、コードの練習表だ。まだ曲は弾けていない。その日はいつも居る先生ではなかった。この教室の先生方は皆、私の息子よりもずっと若い青年たちだ。
暫く弾いていると、先生は一人一人に、時計と反対周りに声をかけていく。各人の奏でる音を聞いてから、アドバイスをくれたり、自身でお手本の演奏も観せてくれたり。すぐ目の前で、お手本の演奏を観られることは、すごくありがたい。
その日も、先生は器用に椅子ごとキャスターを転がし、各テーブルにいるレッスン生のところを巡っていた。
今の順番は、右隣の女子高校生のところ。
その次は、いよいよ私の番である。私は、ちょっと身構えた。まだ、初心者の私は、先生の前でギターを鳴らすと思うと、やはり、緊張してしまう。
隣の女子高校生のアドバイスが終わり、椅子ごとの先生は、踵を返してこちらへ向かった。
と、その瞬間、こちらへ向かう先生の背中ごしに
「すみませんー。」
今、終わったばかりの、隣の女子高校生が、もう一度、先生に声をかけた。きっと何か聞き逃したことがあったのだろう。
暫くのやり取りが続き、キャスター付きの椅子の軌道は、再びこちらの方向へ。いよいよ私の順番だ。
すると、「あのう、すみませんー。」
先ほどの女子高校生の声。キャスターは止まり、
「あっ、はーい。」
またしてもキャスター付きの椅子は向きを戻し、もう一度元の場所へ戻って行った。
数分後、先生はこちらの方向へ。いよいよだ。
すると、「すみませーーーん。」
またもや戻る先生。
うう‥む。2メートルもあるかないかの距離なのだが。ずいぶん長い2メートルである。
そして数分後、巡回の先生のキャスターは再びこちらに向かった。
すると、今度もまた、って‥あれ?‥。声、声かけないの?
案外、すんなり、先生はこちらのテーブルにいらっしゃった。肩透かしである。なんだか残念。ちょっとしたコメディ映画のようで、可笑しくてしかたなかった。本来ならば、私はここでコテッと、コケなければならないところだ。
そして、ありがたいことに、私の心の準備は、充分万端に。すでに緊張感からも解放されていた。待つ時間が、功を奏したのだろう。逆に女子の質問が、ありがたく思えた。私は普段通りローコードを弾き、次の課題を頂くことに。
もう少し、弾けるようになったら、今は質問すらできないけれど、私も彼女のように、沢山の質問ができるようになりたいと思う。「すみませんー。」と言ってみよう。
新しい課題は、Fのコードが入っていた。高校時代Fコードがわからなくて、ギターを諦めた私には、ここでようやく原点に帰れた気がした。やっとここまで、戻ってこれた。そしてその先に進めることは、単純に嬉しかった。






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