帽子


私と母は、祖母の家に住んでいた。
忙しい母に変わり、祖母はよく私の世話をしてくれていた。

祖母は世間一般のイメージする「優しいおばあちゃん」とは違い、少々厳しいところがあり、私が成長するにつれ衝突する事も多くなっていった。

祖母と喧嘩した日は、決まって壁に掛けている私のお気に入りの帽子が床に落とされていた。
わざわざ私の部屋に入り、落としているのだ。
随分と陰湿な事をすると、私は腹が立ちつつも、反応するのも面倒で黙って帽子を元の位置に戻していた。

中学に上がると、祖母は認知症になった。
私は祖母を邪険にしてしまう日の方が多くなった。
認知症とは物忘れが多くなっていくだけではなかった。
人間が理性で抑えていた本来の汚らしいところが浮き彫りになっていき、性格までも変わっていくものなのだと初めて知った。
あの厳しくも優しい祖母はもういないのだ。

ある日、私はどうしても学校に行く気になれず、休む事にした。
しかし、家にいるとその分祖母と顔を合わせる時間も増える事になる。
認知症の祖母に何を言っても意味がないと思ってはいたが、我慢できず口論になってしまった。
私は突発的に外へ飛びだし、頭を冷やした後に昼頃に帰宅した。
自分の部屋の扉を開けると祖母が立っており、その足元には帽子が落ちていた。
認知症になってもこういう嫌らしいところだけは変わらない。
祖母の為に、学校行事の準備に碌に参加できない事も、その事でクラスメイトと衝突した事も、全てがバカらしく感じられた。
もう限界だった。
「いっそ居なくなってくれれば良いのに」
そう言葉を漏らすと、祖母は目を見開き、黙ってこちらを見ていた。

次の日、祖母は亡くなった。
私の部屋で具合を悪くし蹲っていたところを母が見つけたそうだ。すぐに救急搬送されたが、数時間後に息を引き取った。
その時も床に帽子が落ちていた。
祖母は私が投げかけた酷い言葉を抱えながら逝ってしまった。

葬式を終え落ち着いてきた頃、帰宅すると帽子が落ちていた。
祖母はもう居ないはずなのに。
帽子が落ちている頻度は、五日に一回、三日に一回と日を追うごとに増えていった。
祖母は私に怒っているのだろう。
あの時の祖母の見開かれた目が忘れられない。
しかし、もう取り返しはつかない。

そして、帽子が落ちていない日は無くなった。

静まり返った私の部屋に、外の大きな車が通る音や、小さな子供たちの遊ぶ声が響いた。
外の音を聴くと、この部屋だけ別の空間のように感じられる。
何度掛けても帽子は落ちてしまう。
拾わなくては……私が帽子に手を伸ばし腰を屈めた瞬間、廊下から物音が聞こえた。
足音がゆっくりとこちらに近づき、私の部屋の前で止まる。
そして、ドアがゆっくりと開かれた。

「あ、帰ってたの。おかえり」
ドアが開くと母の姿がそこにあった。
母は立ち尽くす私をよそに帽子を拾った。

「お婆ちゃんが言ってたけど、本当に落ちちゃうのねぇ」

私は、母にどういうことかと訊いた。

「平日は昼間によくトラックが通るんだけど、その度に振動であんたの帽子が落ちちゃうんだってさ。お婆ちゃんいつもトラックが通った後あんたの帽子を拾って掛けてくれてたのよ」

帽子は祖母が落としていたのではなかった。
いつも落ちている帽子を、喧嘩をした時だけ拾っていなかっただけだったのだ。
あの時も、祖母は認知症になっても、私の帽子を拾いにきてくれていただけなのだ。
祖母は私の名前すら思い出せなくなっていたというのに。

「今日、ふと思い出してね。今まで拾った事なんてなかったけど、来てみたのよ。お婆ちゃんこんな気持ちだったのね」

母は感慨深げにそういうと、帽子の埃を払い、私に手渡して部屋から出ていった。

私は帽子を床に置いた。
帽子はもう、元の場所にかかる事はなかった。
私は二度も祖母に謝る機会を逃したのだ。

祖母はもういない。
もう一回だけでも良い、帽子が壁に掛かっていて欲しい。

今日も、私の帽子は床に落ちている。


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