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体の愛しさ

先日、一回目のコロナワクチンを打ってきた。と言っても一ヶ月前の自分はどちらかというと「打ちたくない」に傾いていて、接種券が届いてからも悩みの日々を送っていた。ワクチンを打ちたくなかった理由は、よく見るアンケート結果とほぼ一緒で「自然界由来ではないよくわからない異物を体内に入れたくない」と、「(打たなければ)避けられる副反応をわざわざ迎え入れなくても・・・」というのが主だった。

一方、打とうと決心したできごととなったのは先日報道された「搬送先の病院が見つからず早産の赤ちゃん死亡」という痛ましいニュース。

自分がもし罹患して病床を埋めてしまったために、本当に病床が必要な人の搬送先が見つからないっていうのは避けたい。

あとは単純に、コロナが収束したら海外旅行に行きたいから。そのときにどうせワクチン打った証明が必要になりそうな気がするので、遅かれ早かれというのはあった。

接種券が届いてから二週間本当にたくさん悩んだ。判断材料としてワクチンのことを調べまくるはいいが、推奨派も反対派もバイアスのかかった情報を提示し、いくら検索しても本質的な情報には一切たどり着けない。それなら、悩むというよりは信念の問題だろうと思った。

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さて、そんなわけで一回目のワクチンを打ってきたわけだが、ご多分に漏れず副反応が出て、その日の夜から腕が上がらなくなり、翌日には少しばかりの痛みが現れた。

腕の上がらなさに関しては予想していた以上で、一日中だらんと左腕を下げたまま生活していた。しかしつらかったかといえばそんなことはなく、腕に痛みが走っていることも、赤く腫れていることも、全部愛しく思えた。普段左腕のことを意識することなんてほとんどないけれど、反応が出ることで体の一部であることを再認識して、(大げさではなく)腕に思いを馳せた。

どうせワクチンを打ったなら、もう不安がらずに腕と一緒に、体と一緒に戦っていこうという気持ちになった。最終的にどんな病気も心の不安やストレスがきっかけになってしまうものだから、「俺は強さを手に入れた!!」と前を向いて暮らしていこうと思う。

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