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再演された、退屈とは程遠い世界へ


9公演完走の労いと、誕生日の祝いの言葉を込めて、おめでとうございます。

※廻人東京公演二日目の公演内容について触れる記述があります。



入場ゲートの向こうにぼんやり懐かしいアニメーションがぱらぱらと流れているのが見えた。


帰ってきた。と思った。


二年前の記憶と重なって、遠ざかる。


長かった。あの時とは、何もかもが違う。


人々の意識がこんなに変わってしまうなんて、あの時虚空に掲げた手には微塵も掴めていなかった。


それでも、帰ってきた。


待ち侘びた同胞がここにはいて、幕の向こうには今日までの最適解を懸命に導き出し続けた方々が身を潜めてその時を待っている。


⁡ずわり、と真正面から空気を受けた。荘厳とはまた違う、独特の緊張感と重さ。ぱりっと背筋が伸びて、思わず鳥肌の立った腕をさする。心臓がきゅっとなったのが分かる。

二年分の息遣いと興奮が、恐らくはこの会場に渦巻いていた。

あぁ、だからこんなにも心が逸る。


紗幕に投影されている人外と呼ばれる彼らを見届ける。

今日までに、彼らにも変化があったのか、なかったのか、それでも変わらなさに助けられた。
二年間、人の目に触れずにひっそり生きてきたのだろうか、それとも気づかないだけで傍にいたのか。
きっと傍にいたんだろう。足元でくるくると踊っていたり、ああ、あの時失くしたと思っていたちょっといいボールペン、しれっと机の上に置いてあったの、そういうことだったのかも、とかさ。


もうすぐで時間だと気づいた彼らがいそいそと準備を始めると、会場の空気が少し張り詰める。


彼らが一度舞台から退き、ふっと暗転する。
気づけば何処か遠い場所を歩んでいた。


長い年月、閉ざされていた扉に手がかかる。
室内はさして古びた風もない、ただ自我があるように思えた。
ずらりと並ぶ書棚が圧巻だった。

ふいに『廻人』と表紙に記された真っ新な本が手元に飛び出した。

鍵が回る。扉が開く。長いこと閉ざされた扉が、音を立てる。
屋根裏部屋を覗くような、はたまた宝箱を開けるような高揚感が、解錠された瞬間に弾けた。


この一年半、聞かない日はないほどに日本中を沸かせた曲が奏でられていく。この日のためだけに新たに音色が爪弾かれた瞬間、会場に足を踏み入れた時よりも強く心臓がぎゅっとなった。音色が、歌声が、心を掴んで離さなかった。そして、


帳の向こう、彼はいた。


⁡⁡映像と同一のような彼は、紗幕が上がれば消えてしまいそうで、でもそんな不安を打ち消す強さがあった。

「合図」で帳が上がれば、確かに彼はそこに立っていた。
なるほど、帳が中の人間を見えにくくするのは本当だったんだ、と実感させられた。
消えてしまいそうな朧げさはにわかに吹き飛んだ。


ひとつ、帳が降りていたのはどちらかというと観客側だったんだろう。
彼が破ってくれたんだ。

この二年間、呪いだったとは言わないが、確実に何かが解けた。

気づけば周囲は光の海で、その一部になっていた。
歓声はない、でも聴こえる。

喜びも、嬉しさも、なぜか泣きたくなるような形容し難い気持ちも、全てが打ち寄せる波の音は、


聴こえる。


ややあってまた書棚のある部屋へ引き戻される。目の前に差し出される本のタイトルは『smile』だった。


目頭が急速に熱くなった。


だってずっと探してたんだ。何でわかったんだろう。
昔に手を伸ばして、届かずに諦めた本だった。

今日までずっと大切にしまってくれていたんだって、無言でも伝わった。
恐らく声のない「お待たせ。」と「「ありがとう。」」が交わされた。


『おとぎ』と『文化』も隣り合わせでさ、いつでもあの部屋では目線の合うところに並べられていたんだろう。
毎日毎日通り過ぎるたびに視界を流れるその文字は、きっと本の重みよりもずっしりとしていたんだろう。


どうにもならなかった、
世の渦に呑み込まれて沈んだあの日を
すくい上げてくれた。


そしてそのときの本を、そして今日までの過去の全てを携えて、ステージには彼がいる。
二年間の新しい日常も、その前の三年間も対等に手を繋いで。


あぁ、確かに夢みたいだ、と思った。


ずっと、ずっと望んでいた日が、ここにある。
それだけじゃない。
過去も、今も、共存していた。
揃って見据えているのは、これからだ。

醒めない熱に浮かされているような、そんな感覚で揺蕩っていた。

最後の曲には、タイトル通りの、そしてそれ以上の願いが込められていた気がした。

⁡⁡ゲートを潜り抜けてから、いや、今回の公演が発表されてから、このとき正に最後の歌が始まるまで、退屈の二文字からは一番遠い場所にいた。


一旦公演が終わり、再び始まるための布石になるのに、この曲を越えるふさわしい曲があっただろうかとさえ思うほどだった。


アンコール、再演するのは紛れもなく幸せな夢の続きだ。

ふらりと会場に足を運んだみんなで同じ夢を見ている。
ずっと続けばいいと思えるだけの多幸感で満たされているのは、一目瞭然だった。

⁡⁡全員が、あなたが、同じ気持ちでいてくれたらこんなに贅沢なことはないな。
最早望むのはそんなわがままひとつだけだ。


残すは一曲。
緑髪のあの子が出番を待っていた。

そっか最後か。

言い聞かせるようにそう思ったのに。

⁡歌ったら終わってしまうと、名残惜しそうにあなたはそう零すから。

今更気づいた。


すでに都合が良すぎるほど贅沢な世界にいたことに。
見ようと思って見れる夢の域を越えていたことに。

歌い終わったあとに「まだ帰りたくない。」なんて、聞けるとは思わなかった。
歌が聴きたくてアンコールを誘ったのはこっちだから、知らなかった。


「もう一曲、歌ってもいいですか。」


同じ気持ちでいてくれているのかもしれないとか、烏滸がましいことを思えてしまえるなんて。

知らなかったや。
アーティストとそのファンが、感情を共有できるんだって。そしてそれがわかるんだって。

本当に、ありがとまま。ね?


聞けるとは思いもしなかった言葉を聞けて。そして、最後にたくさん手叩いたり、手が振れて。
幸せゲージがあるんだったら間違いなく振り切れていたな。そんなことを思ううちに、また世界がずれていく。

夢はいずれ醒めるものだから。


紗幕の向こう、彼はいる。


ぱらりと手を振るのが見える。姿が遠のいて、霞んでゆく。


目を、醒まさなきゃ。
と、夢の淵まで来た頃に、腕を引っ張られる。


まだだよ。

そう言わんばかりに帳があったはずの場所に、映像が流れ始める。


追加公演……。


あぁ、これも夢かな、と思った。だけれど、予想もしない漢字が五つ並ぶ。


「日本武道館」


認識するより早く、わっと大きな歓声が沸き起こるのを聞いた。次いで拍手が巻き起こる。


夢で手元にあったものが、現実にもそのまま残っていればいいのにと思うことがある。どうしたって消えてしまうそれらを幾度となく名残惜しくも忘れることにしてきた。


だけど、この追加公演の告知は違う。

ちゃんと私たちの生きる未来に繋がっている。やっぱりあのステージで、見据えられていたのはこれからだった。


人外たちは彼の傍でお祝いしたりしてるんだろうか。小躍りしたり、拍手したり、遠巻きに見ていたり、するんだろうな。あ、身体を労わってる子もたくさんいそう。

ふと想像して楽しくなる。


それに、
やっぱりそうだ。

夢なんかじゃない。
だとしたら醒ましたくはないな。

どうにかして、現実だった証にしたい。
だからこうして綴ったのだ。


忘れないように、思い出せるように。



そして、これを見ているあなたが、会場の空気を掬い取れるように。
⁡⁡

⁡⁡

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