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相思相愛


「僕と結婚してほしいんだ」

「え? それは、なんで……?」

「なんでって、愛してるから」

「私のこと、そんな風に……」

「世間体をね」

「ん?」

「僕が愛してるのは、君ではなく、世間体だよ」

「は?」

「僕は一生かけて世間体を守りたいんだ。
世間の常識にぴったりフィットしている時が1番幸せさ。
世間が認めてくれるなら、僕はなんだってする。

でも、気付いたら40代でまだ独身だ。
こんなに周りの目を伺って生きているのに、恋愛だけはうまくいかなくて、本当に不思議だよ。

世間はこんな僕を見て、どう思うだろうね?
きっと哀れむに違いないさ。

まだ数回しか会ってない、お互いのことをよく知らない、そんなのわかってるけど、世間体のため、早急に君と結婚したいんだ。
もちろん前から付き合ってたと嘘をつくよ。

ずっと君に添い遂げる覚悟もできている。
途中で別れたりなんかしたら、世間体が傷ついてしまうからね。

結婚式は舞浜の世間体ランドで挙げよう。
アメリカの世間体島でもいいよ。
たくさん写真を撮って世間体アプリに投稿すれば、きっと世間もヨダレを垂らして飛びついてくるさ。


いつか子供も作ろうよ。
世間体のために、セッケスしてさ。

世間は新しい命が生まれるたびバカの一つ覚えみたいに大喜びしてくれるからね。誰一人自分がなんで生きているかわかっていないくせにね。

まあその子は、君と僕というより、世間体が作った子供だね。
世間体大学に進学させて、世間体企業に就職させて、世間に還元できる人間に育てよう。

心配はいらないよ。
気に入らなかったら世間からは見えない場所に隠せばいいのさ。

家族が増えたら、郊外に世間邸を建てよう。
大きな世間体レトリーバーも飼おう。
ハロウィンは世間体パーティを主催して、クリスマスは光る世間体で世間庭を飾り付けるんだ。

そうやって、世間に羨ましがられながら死んでいこう。

しまった。

世間体に惚れ込んで、つい夢想が過ぎてしまったよ。


世間体を愛する僕が、星の数ほどいる女性の中から君を選んだのは、もちろん、君が一般的に見てとんでもなく美人だからだよ。

世間が僕の成功を認識するには、端麗な容姿の配偶者が不可欠なのさ。

世間は少しおちゃめだから、目に見えるものでしか善悪を判断できないんだ。

ほら、いくらオリンピックで1位を取っても、金メダルがもらえなきゃあ意味がないだろう?

君のルックスは金メダル級さ。

ほら、自分は花に興味がなくても、愛する人が花を愛しているなら、自分だって無理やり花を愛そうとするだろう?

君は花のような女性さ。


君自身も、世間に振り向いてもらいたくてその品性と美貌を身に付けたんだよね。

世間体カレンダーなんか読んで、世間体マークのついたブランド品を見せびらかし、味よりも世間体重視の世間体レストランに通い詰めてさ。

僕は君に初めて会った時から、同類の人間だと思っていたよ。


なあ、君もずっと1人では世間に嫌われてしまうよ。

何より僕は、世間体のために年収を3000万まで押し上げた男だよ。

僕と幸せになろう、いや、幸せそうに見られよう。

世間体と、永遠の愛を誓おう」





「あのね。

私は世間体なんてどうでもいい。
一生独身でも構わない。

ブランド品ばかり身につけるのも、私がブランド品を好きだからでしかない。
勘違いしないで。

他人の評価に縛られて生きるのは、バカらしいと思う」


「……そうか。
ごめん、そうだよね」


「でも、決めた。
私、あなたと結婚する」


「え? それは、なんで……?」

「なんでって、愛してるから」


「僕のこと、そんな風に……」




「お金をね」












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