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     愛しき❝幹吹き❞の桜

きつつき…気づき_Vol.001_

しみいる…サクラ…桜…さ・く・ら…

 ことしも満開のときを迎えた桜(東京の開花3月29日、満開4月5日)。
 気候変動にもめげない開花への意欲は、やっぱり「素晴らしい」。

 じつは2020年にいちど「桜開花までの積算温度指数」というのを、ぼくもみずから積算・実証を試してみたことがあるんですが。1月1日から毎日の最高気温をたしていって600℃を超えたら開花のとき…と。
 結果はピッタリじゃありませんでしたけれども、ズレは「開花宣言」のわずか1日後に指数を超えて…ホントにビックリ。

 ぼくは、花はスッキリ  クッキリ系が好みで、色なら陽光の  ゴッホの黄色。…でも、メッタにないピュアな〈気づき〉のとき、なにも考えずに自分を見つめていたときに桜の花と出逢って、(いいな、この花は別格だな)と想いました。
「花・花見」といえば、代表して「桜」の気分…ワカります。「桜」の名は「咲く」に群れる意味の「ら」が付いたものって、いいますもんね。

 ぼくは  このところ、「幹吹き」の桜花に惚れこんでいて。「咲き誇る」んじゃない、「咲き喜ぶ」感じにジワッとさせられてます。
 根から芽が出て、茎を伸ばし、幹を育て、枝で陽光めざして、花を咲かせる…そんな成長の歩みを、イタズラっぽく端折って見せて「ねぇ、どぅ!」って笑みこぼれるような。
 近ごろの花見は、そんな  いたずら桜ばかり探してるんです。

桜花は❝諸行無常❞を映しだす鏡

「桜の花の色、だんだん白っぽくなってきてるように…感じます」
 そう感想を述べたら、医者から「それは齢のせいでしょう、加齢による視覚の変化には  そんな傾向があるようですよ」と言われ。
 ボクは咄嗟に(そっか、血っ気か)…ひとり秘かにナットク。
 ちなみに、白内障の手術をうけたかみ・・さんよると、「桜の白がとても眩しくなった」そうな。

 春の代名詞でもある「桜」には、また同時に〈命みじか〉く〈死〉をイメージさせるものがあるようで。「花に嵐」が付き物。
 きっと、桜花には血を騒がせるモノがあるんですね。軍歌『同期の桜』の歌詞などヨめばナットクだし、騒ぐ祭りにはキケンが潜みます。

 芭蕉の俳諧紀行『奥の細道』の書き出し、「月日は百代の過客にして行き交う人もまた旅人なり」にも、桜の花影がちらちらしますけれど。

 いっぽうで、❝三途さんずの川❞にも夜桜見物の風があるのかどうか…。
 ぼくの想い出からはひょっこり、むかし『檸檬れもん』という小説が教科書にのっていた梶井基次郎の作品に、「桜の樹の下には屍体したいが埋まっている!」の書き出で知られる短編があったし。同時代の作家・坂口安吾にも似たモチーフの作品がありましたっけ。
 それで…かどうか。
 ぼく自身にも満開の桜の下に眠る夢の記憶があって。
 たとえば、爛漫の並木の外れにポツンと孤立する花には、こわいくいらいに幽邃ゆうすいの気を覚えたりもします。
 そうです……

花のすぐ下にも芽吹きがあるでしょ…

 ……いまなおウクライナやガザなどで戦火に怯える人たちの心にも、ほころび微笑む花はあるのでしょうか。
 けっしてメゲルことない植物の命は、わずかな隙をみつけても芽吹きますけれども。こころ和ませてくれる「花」のほうは、穏やかな環境のもとにしか開くことはないでしょうから。


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