田村颯都

備忘録として 本/写真/音楽/旅/食/広島/18才

田村颯都

備忘録として 本/写真/音楽/旅/食/広島/18才

最近の記事

もっと身近にあるモノ

哲学と聞くとすごく壮大のようで小難しい話にどうしても思ってしまう。 そんな人が多い気がする。 僕も少し前までは哲学と聞くと胡散臭いと思ったり そんなものとは無縁の生活だった。 だけどある時を境に哲学についてよく考えるようになり 哲学を大切にするようになった。 そこでも思ったのは 哲学は僕たちが思っているよりももっともっと近くにあるもの。 と言うこと。 僕が思うに哲学って人それぞれ違うもの。 その人の哲学があってあの人の哲学もあって その人自身が大切にしている考え方や美

    • 生活の中にノイズは必要なのか

      毎日生きていると僕の周りには沢山のノイズが溢れていることに気付いた。 ここで指す「ノイズ」の定義の幅はとても広くて、 分かりやすく言えば無駄なもの。 言い換えれば「余分」「無駄」とも言えるものたち。 *このnoteではこの広い範囲の物事を終始「ノイズ」と表現します。 例えば本やお菓子、音楽、コーヒー、カードゲーム。 今思いついたものをとりあえず上げてみましたが なんというか、いわゆる「人の趣味」に当たるものだと思います。 でもこれは完全に人によるところがすごく大きくて

      • 冬が僕達に問うもの

        四季の中で1番好きな季節は冬。 人肌が恋しくなって好きな人と近い距離でくっつける、 とかそんなくだらない理由もいくつかあるけど 1番の理由は 冬景色は色々なものがピュアに見えるから。 そして いやでもそのものの本質が出てしまうから。 冬は全体的に色が薄いと思う。 色が他の季節に比べてあまりないと思う。 しかし幸いにも今の僕は色のない景色が 最もピュアで純粋で美しいと思える。 トッピングをしていないとしても お化粧をしていないとしても そのもの自体を愛しているのなら

        • 「分け与える」と言う行為について

          さっきある人のnoteの記事を読んでいると、 その派生的な形ですごいことに気がついたから 今咄嗟にキーボードを叩いています。 分け与えると言っても 「何を、誰に、どうやって分け与えるのか」 主にこの3つに分解できる。 今回はその中でも「何を」にフォーカスして話をします。 同時に分け与えるものの総エネルギー量についても考えて欲しいです。 「幸せ」と「悲しみ」 「形あるもの」と「形ないもの」 この2組を例に話を進めていきます。 まずは幸せと悲しみの違いについてお話ししよ

        もっと身近にあるモノ

          利他的と利己的は隣り合わせ

          「利他的」と聞くと一見すごく聞こえがいいように思える。 でもよく考えてみるとそのすぐ隣には「利己的」が隠れていると気付いた。 「君の喜ぶ顔が見たくてこんなに頑張ったよ」 そのまま受け取るとその人のためにやったこと。 つまり「利他的」に思える文章だけどよく考えてみる。 喜ぶ顔を見たかったのは自分。 一見「利他的」に思える内容でもよく考えると「利己的」。 結局、何が言いたいかというと どんな言動も根本には「利己的」の要素があるということ。 どんな言動も「利己的」という感情か

          利他的と利己的は隣り合わせ

          わざわざやる

          僕はレコードが好きで数ある趣味の中の一つになっています。 レコードのいいところは「わざわざ」というところにあると思います。 Iphoneにあるapplemusicで数百円払えばどの曲でも好きなだけ聴けます。 それに対してレコードは1つの盤(1アルバム)で 数千円〜数万円までするものもあって値段だけ見ればバカみたいです。 それでも僕がレコードが好きで趣味にしている理由は「不便だから」です。当時何十年前に録音したレコードもあったりするので そこにはデジタルではないアナログの良

          わざわざやる

          言語化のための語彙力を育てる

          自分自身の変化ってのは意外に気づきにくいもので、 人から言われて気づくことが結構多い。 これまで複数の人と話していく中で共通して よく言われるようになったのが、言語化力と語彙力について。 今でこそ言語化力が並大抵以上ありますなんてことは思ってもいないけど、 1年前の自分と比べると明らかにその力がついているなって実感している。 確かに行く先々で出会う人と話す機会がある時には自分の心の中で 思ったことが場面場面に適した言葉で自然にスッと出せるようになった。 高校生だった頃

          言語化のための語彙力を育てる

          本質について信号機を使って考える

          「本質」と聞くと、なんだか少し固い言葉に 感じてしまって抵抗感を覚える人が多いと思う。 だけど僕はこの言葉がすごく好きで 常日頃から物事の「本質」だけは見失わないようにしている。 「本質」という言葉には色んな人の解釈や定義が存在するわけだけど ここで僕が考える本質を簡単に説明すると 「人や物が果たすべき本来の目的」ということになる。 人の目標を例に出すと 「本当にやりたくて最終的な目標はAなのにそれを 叶えるための手段として今取り組んでいるBに夢中に なってAを追いかけ

          本質について信号機を使って考える

          生きていた動物を食べているという事実

          すごく当たり前のことを言うようだけど、 僕たち人間は毎日「食べる」ということを欠かさずに行なっています。 例外の人たちを除いて当然、基本的に毎日動物の命をいただいていることになる。例外の人たちっていうのは「ヴィーガン」のことです。 彼らは生きていた動物の命を食さないということで肉はもちろん、乳製品や卵も食べない。一般的にはあんまり理解されないようだけど、彼らは現在の畜産業の残酷さをしっかりと理解していて動物の命のあり方を尊重しているから動物の命を頂かないという生き方をしてい

          生きていた動物を食べているという事実

          原点に戻ってみるということ

          建築家であり起業家である谷尻誠さんの「CHANGE」という本を読んだ。 その中の一節についてすごく共感するところが あったので今回の内容はそれについてお話しします。 「何時何分何秒地球が何回回った時?」 こんな言葉が目に飛び込んできた。 きっと誰しも小学生の頃に一度は聞いたことや使ったことがあると思う。 自分にとって何か不都合なことがあった時に 一言で相手を黙らせることのできる魔法のコトバ。 あの頃は何も考えずに使ってたけど実はこの言葉は すごく芯を食っていてある意味本

          原点に戻ってみるということ

          僕たちはどう生きるか。

          映画館で「君たちはどう生きるか」を見てきました。 宣伝を一切しないという異例の映画で1〜2週間前まで僕自身もこの映画の 存在を知らなかったけど、友達のストーリーで初めて知った。 戦時中に出版された小説の「君たちはどう生きるか」 という本と同じタイトルだったからそのままなのかな? と思っていたけどどうやら違うらしい。 宮崎駿が幼少期時代にこの小説を含むいくつかの物語に インスパイアされたものだという声や説もあって尚更興味があった。 *↑の小説は以前読んだことのあった本で

          僕たちはどう生きるか。

          「note」始めます

          こんにちは、初めまして。 今回、この「note」を始めた理由に特にこれといった理由はないけれど 今生きている中で面白いと思ったことやいいなと思ったこと、 悲しかったこと、考え方だったり、価値観を書き留める場、 あるいはアウトプットできる場、そして大切な人にも届けることが できたらいいなと思ってこの「note」を始めました。 備忘録みたいなものです笑 主に上記について書き留めていこうと思っているんですけど、 いつもよく使っているInstagramだったりTwitter、最近

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