「夏を待っていました」の解釈

amazarashiの楽曲に「夏を待っていました」っていうすげー曲がある。

多くのamzリスナーがそうであったように、自分も「季節は次々死んでいく」からamazarashiを聴き始めたわけですが、「夏を待っていました」を聴いたときに初めて、「amazarahiってすげーバンドだな」ってなった。

そもそもこの曲が収録されてる『爆弾のつくり方』というミニアルバムもすごいし、この曲のMVもすごい↓

今回はそんな「夏を待っていました」を取り上げて話すのだが、「ここがすごい」を語るよりも、「夏を待っていました」という言葉そのものの意味や解釈について語ることになると思う。

今自分は夏を待ってなんかいないけど、「夏」を待ってはいる。



まえがき

一応言っておくと、考察みたく大げさで押しつけがましいもんでもなく、ただ一個人による「解釈」なんで、そこらへんを承知の上で読み進めて欲しい。

もし「別の解釈だよ~」って人がいたら是非教えて欲しい。


とりあえず歌詞の大まかな意味をさらう

一応歌詞の内容について触れてから、「夏を待っていました」の解釈に入ろうと思う。

この曲は全三章の物語調の歌詞になっている。
1番では幼少期、2番では少年期、3番では青年期について歌われているが、過去を主人公(=歌い手)が振り返る、という体を取っており、しばしば現在の主人公の視線が混じる。

また、それぞれに雅敏、靖人、太平という人物が登場しており、その三人にまつわる記憶を主人公が語っていく。

君はまだ覚えてるかな 幼い頃の暑い六月
廃線になった線路を 僕等はどこまでも歩いた
乗り気で水筒なんかを ぶら下げてきた雅敏は
おじちゃんに買ってもらったマウンテンバイクを自慢した

「けどな 俺はおじちゃんが嫌いなんだ
母ちゃんをいつも泣かせてばかりいるから」
僕は何だか気まずくなって 目をそらしたんだ
雅敏の顔に大きな青痣があったから

降りだした夕立に走りだす つぶれた無人駅で雨宿り
明日は何して明後日は何して
くだらない話で笑い転げる 嵐の予感に胸が高鳴る
あの時僕ら皆は確かに

夏を待っていました

夏を待っていました/amazarashi

幼い頃の記憶を語る1番。
線路に沿ってどこまでも歩く、という、幼少期の彼等からしたら「大冒険」であろう楽しい記憶。
しかしその記憶にも現実の陰が差す。しかし主人公はその現実の痕跡を見て見ぬ振りをする。楽しい思い出のままに留めておく。これが主人公の一つ目の罪。
そして現在の主人公はその頃の思い出に対して「あの頃は夏を待っていたな」と思いを馳せる。

ここに居たくないってのと どこかに行きたいってのは
同じ意味なのかな なんにしろ歩こうか

体育と部活が何より苦手な靖人は とうとう膝を抱えて こう呟いた

「僕はいつも皆に置いてきぼりで 本当にダメなやつでごめんな」

僕らはなんだか笑ってしまった つられて靖人も涙目で笑った

背の高い夏草でかくれんぼ 鬼は迫り来る時間の流れ
もういいかいまだだよって叫んだよ
僕は今も見つからないままで あの時と同じ膝をかかえて
部屋から青い空を見上げて

夏を待っていました

夏を待っていました/amazarashi

2番。最初のぼやきは恐らく現在の主人公のもの。
記憶の内容は恐らく中学生に上がった頃くらいの話。
何もできないと膝を抱えている靖人は、茶化して笑う周りの人間には想像できない苦悩を抱えていたはず。「涙目で笑った」という言葉から靖人の苦しみが垣間見える。
その頃の主人公は、靖人が吐露した苦悩を、笑ってなかったことにしてしまった。これは1番の見て見ぬ振りと重なる。
主人公はそんな些細な記憶をフラッシュバックのように思い出し、その頃の靖人と今現在の自分の姿が重なることに気付く。

身長が高くて喧嘩が強い 太平はいつも無茶な遊びを思いつく

「この鉄橋に一番 長くぶら下がったやつの
言うことは何でも聞かなきゃダメだぜ」

僕らはびびって出来なかったけど 太平は平気な顔でぶら下がる
7年後に太平はビルから飛び降りた そんな勇気なら無いほうが良かった

高層ビルの下でかくれんぼ あれから何年がたっただろう
もういいかいまだだよって声もない
もしも今日があの日の続きなら 僕らの冒険を続けなくちゃ
六月の空を僕は見上げて

夏を待っていました

夏を待っていました/amazarashi

3番。成人した主人公。幼い頃やんちゃだった太平は、現実に打ちのめされて自殺を選んでしまった。
主人公はというと、高層ビルの谷間で忙しなく働いていたが、それも数年前の話、2番の話も併せて考えるに、恐らく今は辞職をして引き籠り生活をしている。
ただ、「そんな勇気なら無いほうが良かった」という歌詞からわかるように、主人公は太平と違って自死を選択することはなかった。生きることに対してしがみつこうとしているのがわかる。そして幼少期の頃のように、「僕らの冒険を続けなくちゃ」と締めている。


「夏を待っていました」が意味するところ

「夏を待っていました」の意味、最初聴いたときは微塵もわからなかった、というかピンとこなかった。
それもそのはず、なぜならこの「夏を待っていました」という言葉、1番2番3番で微妙に意味合いやニュアンスが異なるのだ。

そのことについてじっくり紐解いていく前に、そもそもamazarashiがどういうバンドなのかについて了解しておく必要がある。
以下は公式サイトからの引用↓

日常に降りかかる悲しみや苦しみを雨に例え、僕らは雨曝だが「それでも」というところから名づけられたこのバンドは、「アンチニヒリズム」をコンセプトに掲げ、絶望の中から希望を見出す辛辣な詩世界を持ち、前編スクリーンをステージ前に張ったままタイポグラフィーと映像を映し出し行われる独自のライブを展開する。

BIOGRAPHY

重要なのは「日常に降りかかる悲しみや苦しみを雨に例え」という部分と「『アンチニヒリズム』をコンセプトに掲げ」という部分だ。
この2つの部分それぞれと、この楽曲を絡めて考えていこう。


amazarashiにとっての「雨」

まず前者とこの楽曲を絡めて考えてみよう。

悲しみや苦しみが「雨」として表現されているのはこの楽曲も例外ではないわけで、そうすると「」や「六月」というワードが何のメタファーであるかも自ずと見えてくる。

「六月」で連想するのは梅雨。「雨」が降りしきる時季。
つまり、苦しみや悲しみが降りかかる状態をこの楽曲では「六月」と表現しており、そうした苦悩が去った状態を「夏」と表現しているのだ。

そのことを踏まえて1~3番における「夏を待っていました」という言葉について吟味してみよう。

まず1番、ここは幼少期の無邪気な記憶について「あの頃は夏を待っていたなぁ」と回顧しているため、前述のメタファーについては考えなくていいと思う。
純粋に、様々な楽しいイベントが待っている、青春の象徴としての夏を待っていた、という解釈だ。

ここで皮肉なのが「嵐の予感に胸が高鳴る」というフレーズ。
「嵐」も苦悩の象徴としての「雨」とほぼ同義だと考えていい。
あの頃は嵐の予感に胸を躍らせていたのに、現在の主人公は「嵐」の中でもがき苦しんでいる。そういう対比と皮肉がここにあると考えている。

次に2番、ここのサビ後半では引き籠っている現在の主人公について歌われる。
外では雨も上がり晴れているが、主人公の心には「雨」が降りしきる。
その「雨」が上がることをただ待ち続けているのだ。
実際の空は雨が止んでいるのに、主人公の心では「雨」が降っている。という対比と皮肉がここにもある。

そして3番。
ここでは2番と違って晴れた空ではなく「6月の空」を見上げている。恐らく、実際に雨が降りしきっている空だ。
そしてその空と同期するように、主人公にも「雨」が降りかかっている。しかし、それでも「僕らの冒険を続けなくちゃ」と言う主人公。

ここの「夏を待っていました」は「夏を待っていたが、もう夏が来るのは諦めた」というニュアンスなのではないだろうか。
つまり、最後の最後で主人公は「雨」が上がるのを待つことをやめ、諦めている。しかし「それでも」と前を向く。「僕らは雨曝しだが『それでも』」というamazarashiの最初の決意につながるのだ。


「アンチニヒリズム」というコンセプト

次に「アンチニヒリズム」という部分について。

「ニヒリズム」とは「虚無主義」のことで、自分を含めたこの世のすべてに意味がない、もしくは真理などない、とする立場のことだ。
「アンチニヒリズム」なので、amazarashiはそれに対抗する立場をとっているということがわかる。

かなり飛躍した解釈にはなるのだが、私が言いたいのは「夏を待っている」状態ってのは「ニヒリズム」なんじゃないか?ということ。

ここではわかりやすく【ニヒリズム=人生に意味などないとする立場】として話を進めたいと思う。

主に3番についての話になるのだが、太平は人生に絶望しきって、つまりニヒリズムに陥って自殺した。
しかし主人公はそうはしなかった。
「僕らの冒険を続けなくちゃ」と言って「夏」を待つことを止めた。

「冒険」という言葉から1番の歌詞が想起される。1番では線路に沿って、ただ目的もなく歩いて行った。
創作物では往々にして「線路」や「列車」が「人生」のメタファーとして現れる(エヴァとかわかりやすい)。

「線路」に沿って歩くような冒険=人生もそのようなものなのではないだろうか?目的はなくとも意味を希求して歩き続けること、その必要性をこの歌では提示しているのではないだろうか。

2番の冒頭でも、「ここに居たくないってのと どこかに行きたいってのは同じ意味なのかな なんにしろ歩こうか」と歌われる。
「意味」を考えながら、「意味」を希求しながら歩き続ける。

つまり、この楽曲はわかりやすく「アンチニヒリズム」を歌っているわけだが、それと同時に「アンチニヒリズム」が何たるかを歌ってもいるのだ。

アンチニヒリズム。
それは「一切に意味がない」という時点で立ち止まらずに、更にその先へ意味を求めて「冒険」を続けようとする立場なのではないだろうか。


あとがき

以上、「夏を待っていました」の解釈についてでした。
前からずっと温めていた解釈で、ことあるごとにtwitterとかで言っていたんだけど、今回しっかりまとめることができてよかった。

「夏を待っていました」という言葉の意味について、ちょっと入り組んでしまったのでわかりやすくまとめると、

1番では普通に「夏を待っていた」という懐古

2番では「悲しみや苦しみが過ぎ去るのを待っている」という絶望

3番では「悲しみや苦しみが過ぎ去るのを待っていたが、今やそれも止めて歩き出すのだ」という決意

が歌われている、となります。

伝わりましたかね?伝わったらいいな。

本編に関係ない余談だけど、雅敏、靖人、太平の3人は「=」で歌い手と結びつけることができる、という考察を見たことがある。
3人とも名前を変えただけの主人公で、全て主人公の事実だという見方。

けどこれはなんか飛躍しすぎてて違うな、って思う。
自分は、太平に至っては主人公と対置されてると考えているし。

ずっともやもやしてたからこの場で言ってしまうね。

あともう一つもやもやしていることと言えば、
夏が近くなるとこの曲が話題に上がること。
「そういう曲じゃねーだろ」って思う。
「夏」はあくまでメタファーとして出てるので.……。
夏や梅雨そのものの情緒とかをこの楽曲から感じますか?いやまぁ感じないことはないけど……。

めんどいオタク過ぎるのでこういうところでちょいちょい吐き出す必要がある。お目汚し失礼しました。

ともかく聴く人によって色んな感じ方があることは間違いないわけで、そういう意味でも良い楽曲だと思う。

ここまで読んでくれてありがとう!
またこういうの書きたい。
終わります。バイちゃ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?