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励ましのサイエンス 其の6 乙武洋匡さんの場合

乙武 洋匡さん
作家

「励まされたエピソード」と言われて真っ先に思い出したのは、5年前のことです。

自分自身のスキャンダルで、それまで取り組んできたさまざまなことがなくなり、この先何をして生きていこうか、ずっと考えていました。

これまでのように多様性ある社会への取組を続けたい気持。いまさら自分が言ったところで耳を傾けてくれる人もいないだろうから、いっそ結果さえ出せば評価されるビジネスの世界に舵を切る方が楽に生きられるだろうかという気持。その狭間で悩んでいました。

そんな時、オイシックス代表の高島宏平さんと食事をご一緒させていただく機会がありました。「最近どう?」と言われて、そんなお話をしたところ、

「おとちゃんが本気でビジネスをやりたいなら応援するよ。でも、その理由なら、なんだか乙武洋匡の無駄遣いという気がするけどな」

と言われました。

「この社会でおとちゃんにしかできないことがあるんじゃない? それをやってもらって、僕たち経営者がお金を稼いでバックアップする。その方が持った力の活かしどころとしていいような気がするけど」

その言葉を聞いて、すぐに覚悟が決まった訳ではありません。

ただ、将来について自問しながら、1ヶ月が経ち、2ヶ月が経つ中で、その言葉が何度も思い出されて来て、やっぱり自分のやりたいことを続けようと決める時、この言葉が、背中を押してくれた一番の力になりました。

僕を励ますつもりでそう言ってくれたのか、わかりません。メンターのように定期的に相談していたわけでもないし、会えばくだらない話をしている方が多かったと思います。その日もアドバイスを期待していたわけではなく、なんとはなしに話す中で、ふっと返ってきた言葉が、後のち、自分の中で大きなものになりました。

しばらく経ってから、あの時の言葉に背中を教えてもらったことをお伝えしたら、照れ隠しなのか「そんなこと言ったっけ?」と言われました。

やなさわ:お、やはりでしたか。励ました側は覚えていない。そして励ましの言葉を受け取ってから、それが励ましだとわかるまでには時間差がある。これは励ましの法則ですね。

いまの話も面白いですね。乙武さん自身、本当はそちらの方向に行きたいと内心思っておられたから、背中を押されたとも言えるし、高島さんもきっと、そうあるべきという本心から言った。それがたまたま一致して、結果として励ましの言葉になった。

相手が励まされたのに、励ます方が覚えてないことが多いのは、励ます側は、何気なく素直に自分がそっちの方がいいということを言ってるからで。本音で話すということは、絶対条件なのでしょうね。

逆に、自分が誰かを励ます時に意識していることはありますか?

乙武:僕、SNSによく生息しているので(笑)、知人が弱っていたり、病んでいる投稿を見つけることが多いんです。いつもとちょっと様子が違うなと。そういう時、すぐに電話をかけたり LINEして「大丈夫?」と言うようにしています。

相談に乗ることもあれば「ありがとう。大丈夫」で終わることもあります。何年か経って、すっかり忘れた頃に「あの時、真っ先に連絡をくれて嬉しかった」とよく言われます。

そんな風に意識するようになったのは、東京レインボープライド共同代表理事であり、トランスジェンダーとして活動する友人、杉山文野の言葉がきっかけです。LGBTではない人たちが「逆カミングアウト」、つまり、自分は味方だよ、何かあったらいつでも言ってねと声をかけてくれることがすごく嬉しいと。

LGBTというだけで生きづらさを抱える人も多い中、「受け入れるよ」「ウェルカムだよ」という意思表示をしてくれると、この人は味方なんだ、何かあったら相談できると思えて、楽になれる。そう言われました。

それを聞いてから、僕もLGBTの方に対してだけでなく、「大丈夫?」と声をかけるように意識しています。「いつでも聞く準備はあるよ」という意思表示です。

その時点で助けが必要なければいいし、頭の片隅に乙武という引き出しがひとつできて、ちょっとしんどいな、誰かに聞いてもらいたいなと思った時、思い出してもらえればいい。

やなさわ:なるほど。これはまた「励ましのサイエンス」で初めて出た視点ですね。誰かを励ましたい人は、日頃から意思表示をして「いつでも励ます準備はあるよ」と相手に認識してもらうことができる。それはたしかにやっておいた方がいい。

ただ、やっても結局、その人を励ますきっかけを与えられるかどうかはなかなかわからないのだけど、打席に立つ回数がきっと増えるんでしょうから。そう考えると、きっと乙武さんは、人を励ましたり、力づけたいという思いが強いんでしょうね。

乙武:僕は小さい頃から、自分一人ではトイレに行けないし、お風呂にも入れない。人に助けてもらわなければ生活が成り立ちません。助けてもらえるのは有難いことですが、毎日のこととなれば、しんどさもあります。

だから自分ができることで相手の役に立って、フラットな関係でいたい。そうすることで自分を楽にしたい。

誰かの話を聞いたり、相談に乗ることは比較的得意でしたし、助かったよ、ありがとうと言ってもらえることで、自分が助けてもらった分をお返しできる。そうやって誰かの役に立つことが僕自身を楽にする一番の方法でもあったのだと思います。

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