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励ましのサイエンス 其の12 成瀬拓也さんの場合

仲間を巻き込んだ箱根駅伝への挑戦。そして、挫折

やなさわ:成瀬さんは、起業支援施設「HATSU鎌倉」のメンターをしてもらったり、カマコンで一緒に活動したりしていますが、実は大学時代、駅伝ランナーだったという一面もあって。箱根駅伝の話、何度聞いても興味深いので、その話をぜひ聞かせてください。

成瀬:自分が励まされた一番大きな原体験でもありますね。学生時代のすべてを箱根駅伝出場に賭けたと言っても過言ではないのに、箱根駅伝の予選会当日に、僕が肉離れを起こして出場できなかった最大の挫折体験でもあります。

当時、箱根駅伝出場にすべての情熱を傾けていました。自分の人生を賭けただけではありません。駅伝は自分ひとりの力では出場できないので、全国の進学校の脚の速い選手を探しては「一緒に箱根駅伝を目指そう」と口説いて回っていたので、仲間の人生までも賭けさせてしまった。

大学4年時に出場できなかったので、「もう1年だけ残って、再度挑戦しよう。みんなで箱根駅伝に出場しよう」とチームメンバーを口説いて、自分と一緒にわざと留年までしてもらった仲間もいた。就職が決まっていたのに内定辞退して留年してくれた同期もいたのです。多くの人の人生を巻き込みました。

でも、そこまでして出た勝負にもかかわらず、結果は予選敗退でした。しかも自分が足を引っ張った。正直、完全に鬱になりました。家から出ることもしんどい。何もしていないのに謎に涙が出てくる。壊れていたと思います。

後から聞くと、友人たちは「成瀬を一人にしておくとよからぬことをする可能性があるから目を離すな」と言っていたそうです。背後に黒い影が見えていたとも言われました。

それまでの僕は、熱血ランナーとしてテレビで紹介されたこともあったほどで、努力すれば夢は叶う、信じれば叶うとずっと信じていました。でも、もう挑戦できない。自信もへし折れて、「もう自分には何もできない」「自分には価値はない」と落ち込んでいました。その時、先輩や同級生が励ましてくれるんです。「成瀬らしくない」って。

「たかが箱根駅伝じゃないか。出場できなかったからと言って、お前の価値は変わっていない。お前は人を巻き込む力があるし、やると言ったらやり遂げる男だ」。そう言ってくれました。

やなさわ:その励ましは、すぐに効いたんですか?

成瀬:いいえ。僕はどん底まで落ちていますし、自分には価値がないと感じていますから、言葉は僕には届いていなかったと思います。

でも、それまでずっと寝食を共にして、僕が仲間を巻き込んで、それでも叶えられなかったプロセスを全部知ってる人たちから、「お前だからここまでできたんだよ。仲間を巻き込んで、チームを改革してきた。結果を出せなかったからと言って、お前という人間に価値がないわけじゃない。たくさんのことを実現してきたじゃないか」と。

僕は、出場できなかった、みんなの足を引っ張ったという失敗にフォーカスして鬱になっていたわけですが、できていた部分もあったことに目を向けさせてくれた。繰り返しそう言ってもらえることで、自信を喪失している成瀬と、周囲が評価してくれる成瀬が少しずつ一致していったんです。

やなさわ:「成瀬らしくない」と言われて、徐々に成瀬らしくなったという。

成瀬:そうですね。自分で思っている成瀬らしさと、まわりが思ってくれている成瀬らしさのギャップが徐々に埋まって、みんながそんなに言ってくれるのなら、僕も本当に何かできるのかもしれないと思えた時、箱根駅伝で挫折した闇から抜け出すことができたように思います。

信じる相手の励ましに「乗っかってみる」

やなさわ:それって、相手との関係性はどれくらい重要なのでしょうか。

成瀬:関係性はすごく重要だと思いますね。

社会に出てから、前職の社長からこんな話を聞いたことがあります。社長が一営業マンだった時に営業でなかなか成果が上げられず、当時の上司に「自分にはできません。もうやめます」と言ったそうです。その上司はこれまで何人も世界一の営業を育ててきた凄腕の人で「自分ができないというお前の自信と、お前は絶対できるという俺の自信、どっちを信じるんだ?」と返したそうです。そこから、上司の言葉に乗っかってみて、結果的にものすごい成績を上げたのだそうです。

やなさわ:自分のことをよく見てくれている人、自分の知らない自分に気づかせてもらえることで励まされる?

成瀬:そうですね。でも、初めて会った人に励まされた経験もあります。

箱根駅伝で挫折から少し自信を取り戻しかけていた頃、とにかく活路を見出したくて、いろんな人に会いに行っていたことがあります。たまたまテレビ番組の観覧に行った時に、ゲストに冨山和彦さん(経営共創基盤 代表取締役CEO)がいらしていました。お話がすごく面白くて、なんとかお話ししたくて、入館証があるのをいいことにテレビ局の中を歩き回って楽屋まで押しかけました。

運良くお時間をいただいて「僕は就職するのと起業するのとどっちがいいと思いますか」と唐突な質問をしました。すると冨山さんは「君が何を目指すか次第じゃない?」とおっしゃったんです。「起業はいつでもできるよ。でも組織の中で理不尽なことも感じながらも、組織の末端から組織全体を動かす経験は、起業すると一生経験することがないから、本当に君がリーダーになりたいなら、その経験はしておいてもいいんじゃない」って。結果的に僕は、一旦就職して、その後に起業することになりましたが、冨山さんの一言に大きな影響をもらったと感じています。

やなさわ:そうか。箱根駅伝のエピソードは、自分のことをよく知ってくれている先輩や同級生の言葉。冨山さんの話は、相手は自分のことをまったく知らないけど、こちらは相手のことを尊敬している。いずれにしても、相手の話に乗っかってみよう、信じてみようと思えることで励まされる。パワーが生まれるのですね。

その時も、たぶん二種類あるのでしょうね。もともと自分が思っていたように背中を押してくれる励まし。あるいは、自分が気づいていない視点、ちょっと視野が狭くなってしまっていた時、それを広げてくれたり、枠を取っ払ったり、新しい視点を与えてくれるような励まし。ジョハリの窓みたいに、気づいていないものを教えてくれるものもある。

なんとなく励ましのサイエンス解明がまた一歩進んだような気がします。


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