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励ましのサイエンス 其の3 ジェーン・スーさんの場合

ジェーン・スーさん
コラムニスト、作詞家、ラジオパーソナリティ


「励ましのサイエンス」今回のゲストはジェーン・スーさんです。実は、僕の新卒会社員時代の元同期です。では伺ってみましょう。

ジェーン・スー:励まされたエピソードで思い出すのは、今の仕事をするきっかけのひとつになった言葉です。

ソニー時代の同僚が独立して、音楽制作会社を立ち上げたから手伝ってほしいと言われて。私は当時、会社を辞めて実家の仕事を手伝っていて、人生的にはくすぶっていた時期でしたが、企画書を書いたり、プロデュースの手伝いをしているうちに「作詞もやってくれないか」と言われたんです。

もちろん作詞なんてやったことありませんから「そんなんできるわけないじゃん」と言うと、すごい真顔で「できるよ!!」って。

えっ、根拠ゼロ? と思いましたが、それまでの仕事ぶりや実績を間近で見てきて、この人が「できるよ」と言うなら、そういう風に私のことが見えているんだろうなとも思いました。そこで、思い切って乗っかってみようと。

もちろん作詞について教えてくれましたし、なんだかんだアルバムができて、すると別の人からも作詞の注文がきて、作詞家ですと一応名乗れるようになりました。

数年後、また同じようなことがありました。TBSラジオのある番組にゲストとしてちょろっと出演したら、橋本さんというプロデューサーがそれを聞いていて、来期からレギュラーでラジオ番組をやってみないかと声をかけられました。

今みたいにラジオの仕事なんてほとんどしていない時でしたから、何を言っているんだと思って呆然としていたら「いや、できますよ」と言われて「うわっ、またきたぞ」って。

でも、この人の仕事も好きだし、実績出している人だし、いいかげんな仕事を押しつけるような人でないことはわかっていました。この人ができるというなら、本当にできるのかもしれないと思って、それも乗っかってみたんですね。それで今ラジオパーソナリティの仕事をしています。

「できるよ」という言葉は、私にとってすごく大きい。誰に言われたかということも大事です。

当時、橋本さんの人柄はそこまでよく知りませんでしたが、仕事のやり方や実績を見て、尊敬できるな、一緒に働いてみたいなと思っていました。そういう人が「できるよ」と言ってくれたものには、とにかく乗っかってみる。

そうやって渡りに船で乗っかっていたら、ここまできましたから、思えばずいぶん遠くまで来たなと思います。そこで「いえいえ、私なんかが」と言っていたら、今やっていることはたぶんひとつもやっていないはずです。

もともと「いえいえ、私なんかが」と言ってやらないタイプでした。失敗したり、恥をかく方がいやだったから。たまたま乗っかったら上手くいった、その一度の成功体験があったから動けたのだと思います。

やなさわ:むちゃくちゃいい話だな。

これは励まされる側のサイエンス、すなわち心持ちとしては、この人の言葉なら素直に聞ける、自分のことをわかっているという人に「できるよ」と言われたことをやってみる。その最初の一歩で成功体験を得られたから、そこからどんどん誰かの「できるよ」に乗っかれるようになっていく。言ってみればいろんな人から励ましを素直に受ける、励まし力が増していったという話ですよね。なるほどねぇ。

では逆に、自分が励ます側のサイエンスとしてヒントになるようなことを探りたいのだけど、同じような体験を相手に与えることって意識しているのでしょうか?

ジェーン・スー:しています。最初に「できるよ」と言ってくれた人は、自分自身も気づいていなかった私の得意なことを見つけて「できるよ」って言ってくれたわけですよね。しかも私は35過ぎてから、自分の得意なことをまさかの人に見つけてもらったという。

でも、得意なことって、たぶん自分じゃわからないですよね。だから相手の得意なことを気づいた時は言うようにしてあげています。

得意なことと好きなことは別じゃないですか。でも35歳過ぎたら絶対に得意なことをやった方がいいと思うんですよ。だって体力がなくなってくるから。

やなさわ:自分の好きなことはわかるけど。

ジェーン・スー:そうそう。私の高校時代の友達で、アカデミー賞が大好きなオスカーマニアがいます。授賞式の日には会社を休んで朝からWOWOWをずっと見ている。その子は予想屋みたいに24部門中20部門くらい受賞者や作品を当てられるんですよ。主演男優賞とかだけじゃなくて、録音賞のようなマイナーな部門まで。

「なんでわかるの?」って聞いたら、オスカーには法則があると言うんです。めちゃめちゃ面白いからラジオに出てとお願いしたら、こんなのオスカー好きな人みんなわかるよって言うから、いやいや、ほとんどの人それわかんないからと言って出演してもらいました。そうしたら別のラジオ番組から声がかかったり、最近AbemaTVにも出ていたし、去年は本も出版して、コラム執筆の依頼もくるそうです。

彼女は映画ライターを目指していたわけでもなんでもありませんでしたが、視点がすごく面白かった。ただの横好きでやっているだけだと本人は思っていた。彼女は、自分がそれを好きだということはわかっていたけど、自分の得意なものがその中にあることは見出せていなかったんですよね。

やなさわ:最初にそうやって背中を押してもらった時、「いやいや私なんか」っていう人を引き摺り出すためにはどうしたらいいのでしょうか?

その人をラジオ番組に呼んだみたいに、励ます側としては、多少強制的にでもやり切ればいいのかな?

ジェーン・スー:どうでしょう。やってみなよと言われて乗っかって、全然合わなかったことももちろんあります。でも、それをあまり気にしないでいられるのは、最初に「できるよ」って言うことに乗って、成功体験があったからかな。だから次もまた「できるよ」がきたら、乗っかれると思います。

その体験がない人には、どうにかつくってあげるということではないでしょうか。

やなさわ:なるほど。だからこそ自分のことをよく知っている人という信頼が大事なのかもしれないですね。励まされたい人は、そういう人に無理やり引っ張り出してもらって成功体験を積ませてもらう。励ましたい人は、無理やり引っ張り出して成功体験を積ませてあげる。

そういうことなのですかね。

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