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励ましのサイエンス 其の5 為末大さんの場合

為末 大さん
Deportare Partners代表/元陸上選手

励まされたエピソードと聞いて思い出す人は二人います。母親、そして日本代表コーチだった高野進さんです。

全日本中学校選手権の短距離で優勝し、たくさんの人が応援してくれるようになりました。うまく走れるとみんな喜んでくれますが、失敗するとがっかりされてしまう。競技がうまくいかないと自分もダメになったように感じて、負けることが必要以上にこわくなっていきました。

でも母親はずっと無関心だったんですよ。適度に。

僕が競技に勝っても負けても、大喜びすることもなければ落ち込むこともない。毎日お弁当をつくってくれて、「はい、これ」と渡されるのですが、「頑張りなさい」「次は大丈夫よ」という言葉は一切言われませんでした。

当時の僕は競技で頭がいっぱいでしたが、変わらず淡々と接してくれる母親を見ていると、たとえ競技がなくなってもここに居場所があると感じて、充電して次に臨むことができるようになりました。

もう一人は日本代表コーチだった高野進さんです。

2001年に最初のメダルを獲った時、ちょうどスランプの入り口にいました。世間からの注目は高まっているのに、思うように数字を伸ばせない。苦しんでいた時、高野さんが僕のところにやってきて、こう言いました。

「ちょっといい子になっているんじゃない?」

その瞬間は「えっ?」と思いましたが、だんだんと意味がわかるようになりました。

メダリストという実績や世間体を気にして、知らないうちに、まるで優等生のように振舞っていた自分に気づきました。世間の枠など気にせず、やりたいようにやったらいいんじゃないか。それを高野さんなりの言葉で伝えてくれたのだと思います。

落ち込んでいる人を力づける励ましの技法もあれば、ひとつの世界に没頭して、もうこれ以上頑張れないほど集中している人間を適度にクールダウンしてくれたり、別の世界を思い出させてくれる、そんな励ましの技法もあると思います。

上手なずらし、ほどよい距離感、思ってもいない角度からかけられる言葉。そんなものによって、自分が見えている世界だけではないと気づかせてくれる。

やなさわ:なるほどですね。記録や成績に囚われて視野が狭くなっていた時、気づきを与えてくれたんですね。お母様は、まったく違う世界もあるよと。高野コーチは、もっと自由にやっていいんだと。

そう考えると、自分とはまったく別の視点からものごとを見ていて、自分の思ってもいなかったような考え方を提示したり、枠を取り払ってくれることが大事なのでしょうかね。

そして、それを伝えてくれる人は、どちらも身近な存在であることがポイントでしょうか。

為末:やはり関係性に影響されますね。一番近い人があえて無関心でいてくれたり、ずっと見てくれているコーチから思ってもいなかった言葉をかけられたり。

やなさわ:自分が励ます側に立つ時はどうですか?

為末:最近、選手と話す機会が増えていますが、やはり視点を変えることを意識しています。たとえば「自分は気が小さくて結果を出せない」という選手には、それは慎重さや周到さの裏返しでもあるから、強みになり得るというように、本人が弱点だと思い込んでいる自分の特性をひっくり返すことをします。

やなさわ:感謝されるでしょうね。

為末:そうですね。でも面白いことに、こちらが意図していなかった話を相手が覚えていて「あの言葉に励まされました」と言われます。あれ、僕が力んで投げたあの言葉じゃないんだって(笑)。

弱点だという思い込みをひっくり返す話も「あの時の言葉が転機になりました」と言われて、そうか、こうやって励ますこともできるんだと学習して、意識するようになりました。そういうものかもしれませんね。

やなさわ:そうか。何かわかった気がします。為末さんは、自分自身でも思ってもみなかった自分の枠の外にある考え方を示してもらうことで励まされた。一方で、誰かを励ます時も、その人が弱点と思っていることが強みに変わるという考え方を示すことで、相手を励ましている。

つまり、自分が励まされる方法と、自分が相手を励ます方法は、同じになる傾向があるという法則なのではないでしょうか。

これは新たな発見な気がします。

毎回発見があるなぁ。20人ぐらいインタビューしたら、法則が見えてくるのかなぁ。


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