見出し画像

【競馬コラム】「世界に通用するジョッキー」への大きな一歩、坂井瑠星のJRA・G1初勝利

坂井瑠星を応援しようと決めたのは、あの矢作芳人調教師が初めて迎え入れた所属騎手という理由だった。開業直後から工夫と改革を重ね、リーディングトレーナーにまで上り詰めた名伯楽が弟子を取る..どうやって育てていくのかを見てみたくなったのだ。

生半可な覚悟で他人の人生を預かる人ではない。実際、デビュー時から「世界に通用するジョッキーにしなければならないと思っている」と公言していた通り、他の若手騎手では経験できないような道のりを早くから歩ませ続けた。デビュー2年目から豪州への長期遠征を実現させると、以降も「スキあらば海外へ」のスタイルで世界各国の競馬を経験。たとえ調教だけの騎乗であっても遠征に帯同させ、彼自身にも海外を狙える相棒が増えると、ともに海を渡るのはごく当たり前の風景となった。

その手厚いバックアップに彼自身も懸命に応え続けてきた。「競馬が趣味」と語る通り自身の騎乗レースを何度も見直すのがルーティン。海外遠征時は異国の競馬を経験するだけでなく語学力の向上にも励んだ。重賞の勝ち数も順調に増え、20年には大井のジャパンダートダービーを自厩舎のダノンファラオで制覇。そして今年はドバイのゴドルフィンマイルを制すなど、着実に「世界で通用するジョッキー」へ向けての足場は固まりつつあった。

それだけに、なかなかJRAのG1に手が届かないことだけがもどかしかった。G1騎乗の機会そのものは増えても、有力馬に巡り合うのは簡単なことではない。いくら矢作厩舎がサポートするといっても、いきなりコントレイルみたいな馬を任されるのも現実的な話ではない。そうこうしている間に年下の横山武史が大ブレイク。同じ関西でも岩田望来がリーディング上位厩舎からの依頼に次々に応えポジションを確保していくのを見ると、まだ時間がかかるのかなと覚悟させられた。もっとローカルで乗ってノーザンFの馬とかリーディング上位の厩舎とパイプ作った方がいいんじゃないのとかも考えてた。

しかし、ついにその瞬間は訪れた。スタニングローズとのコンビで秋華賞制覇。G1で単勝1ケタ台の人気馬に騎乗したのは初めて。この千載一遇のチャンスを活かすことができた。2月のこぶし賞で一度だけ手綱を取っていた縁で、オークス2着の実力馬を任されることになったのだが、この春から夏にかけてサンデーレーシングの馬と数多く勝利を積み重ねられたのも大きな説得力となった。

スタニングローズ自身の卓越したセンスもあるが、それにしても冷静なレース運びだった。好スタートからソツなく好位を確保すると、1000m通過タイムが59.7秒と出た瞬間に「よし、イケるぞ」と。最大の強敵スターズオンアースはスタートに失敗して後方インの苦しいポジション。直線入り口では前にいたアートハウスを楽に捕らえた瞬間、ほぼ勝利を確信することができた。

大観衆の歓声に応えながらのウイニングラン。待ちに待った瞬間である。しかし、うれしいというよりもホッとした気分で見ていたのは、この勝利もまだまだ通過点に過ぎないからだ。そう、あくまで目標は「世界に通用するジョッキー」である。G1を一つ勝っただけで満足していてはいけないのだ。

とはいえ騎手人生を大きく変える勝利になるのは間違いない。この勝利で今まで以上に強い馬を頼まれる機会も増えるだろうし、何より有力な新馬を任される下地が整った。早ければ今季の2歳戦から、その勢力図に変化が出てくることに期待したい。まだまだ人気馬でコロコロ負けるし、見ていて不安なこともあるけれど、きっと大丈夫。

坂井瑠星の時代は、もうすぐそこまでやってきているはずだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?