【競馬コラム】悪夢の落馬負傷からちょうど3年、幸英明さん歓喜のG1制覇はアカイイトに導かれ
ちょうど3年前のエリザベス女王杯の日だった。知人の結婚式にお招きいただいていた僕は二次会でもダラダラとワインを飲み続け、そうこうしているうちに時計は15時40分を軽くオーバーラン。そろそろ結果を確認しようかなと、しばらく放置していたiPhoneに手を伸ばした。
そこで知らされた、衝撃的な事実。
飛び込んできたのは「幸騎手が落馬負傷で乗り替わり」といったニュースの見出しや、ツイッターに綴られた「ヤバい落ち方」といった書き込み。最初は「あちゃ、来週(マイルCS)のジュールポレール乗れるんかな?」程度の心配しかしていなかった僕も次第に事の深刻さを悟り始め、リスグラシューが勝ったレース動画もうわの空で眺めることしかできなかった。
その数日後に伝えられたのは、「右肘開放骨折」という耳を覆いたくなる診断結果。それを聞いた瞬間は最悪の事態さえ覚悟したが、「全治6ヶ月」という目安の期間を聞けたのは不幸中の幸いだった。そしてわずか3ヶ月後には戦線復帰..「鉄人」は懸命のリハビリを経て、一時は「手の施しようがない」とさえ言われたという大ケガからの復活を遂げた。
以後はまるで何事もなかったかのように、以前と変わらぬペースで勝ち星を加算。落馬からちょうど1年が経った19年11月のみやこSをヴェンジェンスで制し復帰後重賞初制覇を飾ると、G1制覇の節目も11月に訪れた。
大殊勲の相棒アカイイトは初騎乗。G1は初出走で、これまで重賞でも目立った成績がなかったことで単勝64.9倍の低評価に甘んじていた。正直ノーチャンス。ところが、後方待機から一気のスパートで馬群を飲み込むと、そのまま後続をねじ伏せ2馬身差の完勝。展開や馬場のアシストはあったとはいえ、どこにも付け入るスキのないレース運びだった。
すでにご存知の通り、アカイイトの馬主さんはヨカヨカと同じ岡浩二さん。夏の小倉で幸さんとのコンビで北九州記念を制し、G1スプリンターズSを目標に据えながら、調教中の故障で無念の現役引退を余儀なくされた熊本産の快速娘。まだ3歳、志半ばでターフに別れを告げることになったのはさぞかし無念だったかと思うが、2ヶ月も経たぬうちに思わぬ形で最高の結末が待っていた。
「言葉にできないですね。感無量です。ヨカヨカがスプリンターズSに出られなかったけど、ヨカヨカの分まで走ってくれたかな、という思いです。幸騎手が空いていて馬名じゃないけど赤い糸で結ばれていたと思う。競馬は筋書きのないドラマだけど、筋書きがあるのかな」。
■ 【エリザベス女王杯】アカイイトのオーナー・岡浩二氏「ヨカヨカの分まで走ってくれたかな」鞍上・幸との〝赤い糸〟 (東スポ競馬)
あの、これから書こうとしていることをコメントしないでいただけますかねオーナーwww
冗談はさておき、アカイイトと名付けられたキズナの産駒が、つらい出来事を乗り越える勝利をもたらしてくれるなんてドラマでしかないでしょう。本当、こういう結末が予期せぬタイミングでやってくるから競馬はやめられないしたまらない。
それにしてもこれだけの豪脚がどこに隠されていたのだろう。前述の通りG1は初出走、前走の府中牝馬Sも後方から追い込んでいるとはいえ7着と際立つ結果は残せていなかった。せいぜい印象に残っているのは前々走の垂水Sで、シンガリから豪快に差し切ったことくらい。手綱を取った横山典弘の遊び..いやマジックによって引き出された末脚は確かにド派手なものではあったが、まさかそれがG1に通ずるものになるとは..
OP入りに時間を要し、条件戦を多く使われたこともあってキャリア20戦を数えるアカイイトだが、まだ4歳と若々しい。今回は馬場や展開がハマった面は否めないが、甘く見ているとまたどこかで痛烈な一撃をお見舞いしてくるかもしれない。
もしも希望が叶うなら、ぜひこのコンビで有馬記念に出走してほしい。実は幸さん、これだけのキャリアを残していながら有馬記念に騎乗したことがないのだ、一度も。これは意外でしょう、幸トリビア。
だからぜひとも自らの手綱でG1を勝った新たな相棒と大舞台に立っていただき、枠順抽選会ではタキシード姿で全国の競馬ファンを虜にしてもらいたい。この誠実な人柄とともに。
アカイイトが勝つなんて、これっぽっちも思っていなかった僕が応援していたのはゴールドシップ産駒のウインキートス。他の有力馬が不安を抱える状況だけに、チャンスは十分あるだろうと期待していたのだが..
これそのまんまアカイイトにやられてしまいましたわ。キズナ産駒ですけども。残念ながら丹内祐次のコメントはまだ読めていないが、現時点ではこの激流のG1で通用するだけの力はないということかも。出直しですね。
1番人気のレイパパレは懸念された通り気性面の難しさを見せてしまい最後に失速。ただ、あれだけ行きたがって4角手前ではつまづく場面がありながらも3着争いには残っていたのは能力の証拠。普通の馬なら沈んでる。
この後は香港カップに登録しているらしいが、ぜひともこの敗戦は無視して挑戦してほしい。シャティン2000mは絶対この馬に合う。無双の予感すら漂う。馬券も買いたいくらいなのでぜひ。
アカイトリノムスメもレイパパレを視野に入れつつの積極的な競馬。ただ、これは意図的というよりは前進気勢が強すぎた。古馬相手だと少々のロスでも勝敗に直結してしまう、まだまだそこまでの格ではなかったと捉えてます。
ウインマリリンは横山武史のコメント通り。こちらも懸念された通り仕上りの問題でした。こういう不安材料もしっかり事前に話してくれる手塚貴久調教師は信頼できる。
2着のステラリアは全然足らんと思ってたけど、未勝利戦や忘れな草賞の勝ち方を思い出すとこういう消耗戦に強いタイプってことですかね。その割にオークスはさっぱりでしたけども..
そしてクラヴェルが「母仔三代エリザベス女王杯3着」という偉大な記録を打ち立ててくれて歓喜。この馬の血統、大好きなんですよね。父の母にシーザリオ、母の母にディアデラノビア。角居勝彦厩舎がブレイクした当時の活躍馬が並んでいるのを見るとエモすぎて(使い慣れない表現
4着にソフトフルート、5着にもイズジョーノキセキと一発狙いの追い込み馬が上位に台頭。G1でここまで波乱が起きたのはいつ以来でしょう。特に最近「秋のG1は堅く収まる」という格言が自分の中で確信に近い域に到達しようとしていただけに、この番狂わせには降参であるw
ウインキートスが見せ場もなく敗れてしまった悔しさ、幸さんの久々のG1勝利にもかかわらず単勝馬券の100円も持っていないという恥ずかしさ..レース直後はネガティブな感情の波に飲まれそうだったが、今はこうして余韻に浸ることができている。ありがとう、また幸せな気持ちをプレゼントしてもらいました。
歓喜のG1制覇から約30分後、そこには準OP戦ドンカスターCをランドボルケーノで勝つ幸さんの姿があった。さすがダート1400mは庭のようなもん、こういう地味な舞台をコツコツと勝ってこそ幸英明は幸英明であり続けるのだ。