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【競馬コラム】日本競馬に不可能はない! ラヴズオンリーユーとマルシュロレーヌが米国BCを制覇

日進月歩でレベルアップを続ける日本競馬において、今もなお最高峰の難関として立ちはだかるビッグタイトルの両巨塔が、欧州の凱旋門賞と米国のブリーダーズカップ。毎年のように強豪がチャレンジする凱旋門賞とは異なり、ブリーダーズカップは参戦するケースすらめったになく、手が届かないどころか手の伸ばし方すらわからないような場所にあった。

しかし、ついに朗報が届いたのである。ラヴズオンリーユーがBCフィリー&メアターフを、そしてマルシュロレーヌがBCディスタフを制覇。一日にしてダブルの快挙達成に日本の競馬ファンは早朝から沸き返ることになった。
ラヴズオンリーユーの方はチャンスがあると思っていた。馬は一時の不振を乗り越え春には香港QE2世Cを制覇。ドバイ遠征も経験しており、異国の環境でも普段どおりの競馬ができることを裏付けていたからだ。加えて欧州のタルナワがBCターフへ回ったこともあり相手関係も楽に。連勝中のウォーライクゴッデスを地力でしのぐことができれば、十分に勝機はあるはずだと..

世界の一流馬とジョッキーが、小回りコースでバチバチやり合うのがBCの醍醐味だと思っているが、2周目3角からの攻防はまさにその魅力が凝縮したものだった。後方待機からウォーライクゴッデスがマクリにかかるところを、ラヴとライアン・ムーアが応戦。2頭が併せ馬の形で先頭に躍り出るも、ラヴズオンリーユーの川田将雅は冷静だった。強引について行こうとはせず、ひと呼吸を置いてからスパートを開始。力強く馬群の間を割り、差し返す形で勝利のゴールへ。我々がいつも見ている、勝つために淡々と仕事をこなす「職人」の姿が米国の地でも拝むことができた。
ただ、ゴール後の様子はまるでいつもと違っていた。馬上で喜びを露わにし、陣営のもとへと戻った際には感極まる様子も。小さい頃からの憧れだったというタイトルを手にした感動は、さすがに普段の勝利とは比べ物にならない重みを持っていることを物語っていた。

この勝利を知ったのがちょうど午前8時ごろ。リアタイ観戦は断念し、いつも通りの時間に起床し情報遮断しながらレース映像を確認しヒャッフー!!となっていたら、「マルシュロレーヌも勝ったかも!?際どい!」という情報まで飛び込んできてもう訳のわからんことに。
正直こちらは無謀な挑戦だと思っていた。国内ではせいぜい牝馬限定の交流重賞で無双しているだけで、この馬よりも強いであろう日本のダート馬が世界の壁に阻まれてきたことを痛いほど知っているだけに、とてもじゃないけど歯が立たないだろうと..

ところがどっこいである。序盤から先行勢が猛烈なハイペースで飛ばし、3角過ぎから隊列がガラッと一変。そこで押し出されるかのように先頭に立つと、直線に入ってからも脚色は鈍ることなく後続との追い比べに。最後はハナ差の接戦となったが、かろうじて先着を果たしていた。
いくら展開がハマった面があるとはいえ、普通なら米国ダート戦特有の消耗戦に持ち込まれただけで脚を削られ、馬群に葬り去られるのがデフォ。あの流れをスイスイと追走し、持ったままの手応えで先頭に立てるなんて一体どういうこと..
説明になっていないかもしれないが、これがオルフェーヴルの..ステイゴールドの血ということになるのだろう。凱旋門賞の栄光まであと一歩のところまで迫った父と、7歳にして世界を相手に2つのタイトルを手にした祖父。狂気をまとったポテンシャルで海外の強豪に食ってかかったDNAが、この軽く人智を超えた勝利をもたらした気がしてならない。

一方で、緻密な計画のもとで両馬の遠征を決めたのが矢作芳人調教師だ。「BCへ連れて行くなら西海岸開催のとき」「デルマーの芝は札幌と似ているからステップには札幌記念を使った」「米国のダートには芝でも走れるスピードが必要、マルシュロレーヌにはそれがある」と事前の準備と勝算の有無をしっかりと見極めていた。今でこそ一流の血統馬を数多く手掛ける名門となった矢作厩舎だが、開業当初は「雑草」たちを1円でも多く稼がせるためにあの手この手を使っていたスタンスは今も何ら変わることはない。

「ブリーダーズカップ」の存在を知ったのは、学生時代に興じていたダビスタやウイニングポストがきっかけだった。ゲームの世界であれば、ボタンひとつで海の向こうの競馬場へ飛んでいくことができるし、日本でチャンピオン級の実力を発揮している馬であれば勝つこともできた。
しかし現実はそう甘くはない。費用・輸送・検疫・言語・環境..「強い馬に勝つ」以前に様々なハードルとリスクが伴い、実力を発揮できずに終わってしまうケースもしばしば。だから日本馬が強くなった今も海外遠征は簡単なものではない。
それでも今回また新たに壁を乗り越える馬が出てきた。それも2頭。その瞬間は突如として訪れるのだ。ちょうど10年前、日本競馬の「鬼門」となっていたドバイワールドCをヴィクトワールピサが制したのも、幾多の日本の王者が砂漠の国のダートに沈んでいった先に待っていた栄光だった。

日本競馬に不可能はない。米国競馬の最高峰に爪痕を残した今、最後まで残る宿題となったのは凱旋門賞。諦めることなくトライを続けていけば、きっと勝てるはず。ラヴズオンリーユーとマルシュロレーヌが結実させた挑戦は、感動とともにたくさんの勇気を与えてくれた。

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