文極キャス20180220【白く廻りて輪環円】

むしろ好都合じゃないか。経過点という名前だとしたら。
そういうふうに泣いた僕のことを瞬時に慰める君。
ちがう、ちがうよ、と優しく抱いて言った。
いま君が定義したがっていることはちがう、と。
そうなの? って聞きながら内心そうだねって思ってる。

どうしてその色を使うの。ちがうでしょう。
そう言って君はそっと僕の手から筆を取り上げて、置く。
そうだよ。違うんだ。僕の塗りたい色はそれじゃない。
でも、本当に塗りたい色がいつもこわい。
それを置いてしまうのはこわい。
だから違う色を塗って息を吐き出して、そういう癖でやってきた。

怖くないよ、って君はやっぱり優しく言う。
端から溶けるように。
一瞬視界がぶれる。
拒絶したい、否定したい僕が踏み出して主張する。
つよく、一瞬で決めてしまうくらいにつよく。
端から崩れていきそうな僕を君は抱いて、大丈夫、と言った。
瞬きを手放していた僕は目を閉じた。体に走った力を抜いて。

言葉にならない。胸がしめつけられて苦しい。
本当に委ねてしまう勇気をすぐに汲み上げられない。
今までのやり方をやめて、君の言うことに足を浸して、
そのまま静かに浸かっていくのを許してしまうのには
命がかかるような気がする。

でも僕を抱く君の腕は、君の胸は、君のお腹は、
僕が黙って抵抗しているあいだにも溶けてくる。
声みたいに。
僕を端から溶かしていく。
僕を覆って支配したちっぽけな「こわい」を
じわじわと溶かしていく。
だから、仕方ない。
僕は君を抱いて、選んだ。

そして「こわい」はあっさりと消えてなくなる。
元々たいした密度じゃなかった。
それを今知った。
僕はよしよしと君を撫でる。
僕より大きかった君がいまは僕の腕の中で、僕を見上げて笑う。
僕も笑って、それはたぶん同じものだと思う。
不意に向こうに見えた色は僕の好きな色だった。

僕の定義はいつも半音低かったけれど、調律は終わった。
君に蒼い目で問われることも、もうないよ。
腕の力加減だって、もうわかる。
君が心配なんてしていないことはわかるけれど、
声に出しておこうと思った。
もう大丈夫だよ、って。

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