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波に沈む

くコ:彡 くコ:彡 くコ:彡💦ピューン


カチカチの目玉焼きをたべた朝、父の姿は食卓になかった。

幼稚園の黄色い帽子を玄関脇に置き去りにし、母が私の手を引く。知らない電車の窓には、着せられたワンピースとおなじ色の空がゆれる。うすく化粧をした母の横顔は、他所の女の人みたいだ。

海の家の畳が、ちくちくと痛い。いつもなら駄目よと言われるラムネまで「飲んじゃおうか」と母が笑うから、私はふるふると首をふる。秘密をつくるのが怖いくらい、優しい今日のおかあさん。

ちいさな私は真新しい靴で、さらさらと寄る波から逃げる。砂に白い泡がはじける。

よろけると、肩に母の手が触れた。はじまらない夏の冷たい水が、ピカピカの靴を浸す。母の目には何も映っていない。雲が太陽を隠し、海が深く暗くうねる。

「おうちに帰ろう?」

呼びかけた声が、波にさらわれて消えた。



大きな音で玄関のドアを閉め、私の顔を見ずに夫が出て行った。手つかずの完璧な目玉焼きが並ぶ食卓に、虚しさが吸い込まれていく。

誰もいないリビングに立ち尽くす。あの日、母の奥に沈んだ底のない海が目の前にある。外でセミが鳴き始める。もう、夏が来てしまう。


🦑🦑🦑


「青色」をイカしました。



▼たのしいイカ変態同好会です。





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