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はじめての方むけに。これまで私的によく読まれたnoteをまとめています。
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#小説

さよならのバックパックがくれたひと夏のこと

ご自愛なんてほど遠い毎日でも、発泡酒とからあげクンはやさしい。 東京の終電に揺られるのが日常だったある日、コンビニ袋をぶら下げて帰宅すると部屋の前に男がうずくまっていた。 薄汚れパンパンになったバックパックに、穴のあいたジーンズ。雨で濡れた道路をまばらな車が通りすぎる以外、静けさが夜を包んでいる。 通路の白熱灯の点滅にあわせ頭の中でアラームが鳴る。それと同時に、男が顔を上げた。懐かしい声が響く。 「おかえり~」 声の主は、旧友のKだった。日焼けした肌は記憶の彼よりも

あたしの、ひとりきりの部屋から

あたしは二度と戻りたいとは思わない。 あの、はじめて暮らした、夜の星も見えない、ひとりきりの部屋には。 *** 2005年4月、東京。 夕方になると、あたしはぐったりと三鷹駅に降り立つ。大学の課題がたんまり入った手提げが重い。陸橋から、ビルに挟まれまっすぐに伸びる大通りを眺めた。 あたしを知っている人は、誰も、この街にはいない。 夕焼けに染まるはずの空は、灰色の建物に遮られ切り取られている。どこにもつながらない身体を、重い足取りで動かした。 夕飯を買って帰らなきゃ

8分間のサマー・トレイン #あの夏に乾杯

いつもと同じ夏が、過ぎ去ろうとしていた。 量販店で買ったマキシ丈ワンピースが暑さで足にまとわりつく。 結婚して10年、娘を産んで6年。ここ数年は、8月の終わりに実家に滞在するのが恒例となっている。私と娘が3日ばかり早く帰省するスタイルで、夫は後から合流。もちろん和平協定のもと、義実家に行くときは役割を交代する。 神奈川県の真ん中に位置する実家の周辺は、正直なんにもない。暇を持てあまして、3駅先のショッピングモールに娘を連れてきた。 映画に公園、プールにかき氷。子どもと