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だだ漏れ宣言   作者不詳(嘘)

       

書くということの語源が

「引っ掻く」 そこから来ているということであるのなら 

読者諸氏には 累々と 俺の傷口を嘗めてもらうしかあるまい

とりわけ毎日 洗面器の内部の噴火口で石けんを洗っている幼いきみよ

書くということが 報われなさ 

それしか もたらされないものだとするならば 

文字の裏側には一個の月の裏側がある 

おお諸氏よ ついに肝臓の奥に 炎の死デモ見つけたか 

尽きせぬ化け物を 記憶喪失の漁師の叔父のごとくに 

俺が記す筆の先には 確かさなど一つも無い 

一行一行の 凡庸な詩の直立に 

おお読者諸氏は 滅んでいく帝国の金科玉条の倒壊の交響曲を 

聞くのかもしれないナ 宇宙という一個のダチョウの卵の化石の影をナ

おお 最も耳の鋭い きみよ

さっそく 廃墟を渡るソプラノを耳にしたのか

もしくはわが咳払いを 否 悪魔祓いを 

   きみの死が きみよりも先に 眠っているような日にきみは

  

 人間から遠ざかり 静かな夕食のために お湯を湧かすのか

 空き地に サッカーボールが 転がったまま 

 拾われるのを じっと待っている 草が ぼうぼうと生えている 

 いつか 緑と風と土と水とが 元に戻って 大空に蹴り上げられるのを 

 ある公園の入り口で 

 

ならば籠城しているその忌まわしいきみの二階の玩具部屋から見える

横断歩道を笑いたまえ 電信柱を嘲笑したまえ 獣の影を呪いたまえ 

そしてきみは一個の星だったことに やっと気づいたのだろうか 

燃えあがるような記憶に 傷をつけるようにして 

三〇分 遅れで 玄関にブリキの蒸気機関車はやって来る

もうもうと煙をあげて 俺ときみの寂しい観念を連れて

発車します 白線までお下がりください 

おお車内は水で満杯 

台所の床に 幾億もの川がある 誰も乗らない舟が 

顔の無い人が 携帯電話で 大声で話している 

軽自動車が停車している 橋の上が

 

 砂を載せたトラックの影が 角を曲がって 

 見えなくなった いったい どこまで 運ばれていくのだろう 

 お また 角を曲がっていったナ 


なにやっででもよ だだ漏れは続いでっぞイ

刻まれる 柱時計の横顔に 恐ろしい雲の影に 

死は 横を向いたたまま 青空を蹴散らしてゆく 

誰が追いやったのかナ 柿の木が黒ずむ中庭では 牛が燃え

ながら 群れを成して 時を追い抜いていったナ 

茶の間を逃げるのだ 宇宙の棘が恐ろしいから

読者諸氏よ あなたがたが いつも踏み迷っているのは 何億もの 

三角定規の墓場だ もはや 俺たちの鉛筆は 

どんどんと 折れていくのだゾイ 

例えば 計算用紙も 戸籍謄本の写しも 書きかけの白紙なども 

みな 悪意をもって 真っ黒に 自らが 染まっていく

俺の精神の内部で 洗面器が壊れているから 世界中の分度器は 

夜更けの紙の上の計算問題を 火の海にする 

俺ら 思惟の籠城を決め込むしかねえんだゾイ


 とりわけきみの頭脳ではまたハイウェイの裏切りが始まったのかナ

 縄梯子が 火と 恨みとを登らせて 沈黙したままだナ 

 風に揺られて 火の海の中の文字から 笑いが起きているナ 

 罫線が狂っている 原稿用紙の裏が 真っ黒になっているナ

 帰還困難区域の家屋で

 勉強机に座り 

 ホットジンジャーミルクを前に 

  

 眠れないまま 

 某月某日の日付は変更したばかり

 きみは書き出すのサ

 空虚な記述 

 やはり帳面を置き捨てて 

 もはや 牛 豚 イノシシ イノブタ ダだだ 

 危険な野原に出るしかない 

 

 某月某日 と記して 止まる

 きみは 梯子を庭で燃やして 

 それから絵空事の日記を閉じることにする

 ランドセルにそれをしまい込み

 支度を始めようとする

 きみの旅は きみの恐ろしい夢に過ぎない

 きみの決意は きみの耳をもっと鋭くする

 きみは 繊細で 獰猛で 思慮深くて 幼稚

 きみは 恐れを知らない こわがりの子ども

 きみは 郷愁

 あらゆる生活の荷物の代わりに

 一冊のノートを銀河系に持ち込もうとして

 そして鉛筆を尖らせる

 だから耳から血が出る

 

  きみは きみなりの 旅立ちを

  誰にも告げようとしない その代わりに

  たくさんの色とりどりの鳩が   

  窓をこつこつと 嘴で叩く 恐怖

  きみが しまい込んだ帳面は

  きみが きみの死後に 

  誰かに読ませようとしている

  全くの日記である


 擬人法の偽善者め

 どうして 嘘を書くのか

 おびただしい暗喩が

 こつこつと 尖った先で

 悪意で窓をたたいているから

 オオ爽やかなル風の中でも

 無名の地下ではだだ漏れが続いているのだナア

 イノシシとブタただだだタただだだただだ

 無の新聞配達人に

 きみは いつも 

 世界の入り口をたずねている

 朝の発電所の煙が あまりにも

 生々しく 動きつづけている 

 そのような時だ

 もたらされる新聞紙 それは 

 太陽の横顔を包み込もうとする

 皺だらけの冥王星の皮膚だ

 配達するためのバイクの影は

 今日も夜の間に起こった残酷な正午を伝えるために脱輪

 立ちこめた朝靄の中で四本足

 いいか

 夜だったのは

 日本だけだだだだだただだだただだだだだだだた

 だだだただだだだだだだただ漏れだだだだだだだだだただだっただ

 きみは

 闇の一部になることを

 受け入れて 

 震えながら眠ろうとする

 いま ここで

 真黄色の鳩の嘴に追われている

 きみはまた机に座り読み続ける

 

                                             誰も読むことのない唾棄すべき無骨で

無駄で無意味で無様なるコの俺の宣言書をナ

孤独な読者諸氏よ

気圏は いつも嘘をつく 

俺たちの頭上にあるものは

迫ろうとする 頭皮の極限の沈黙 

俺たちの足の裏には 狂った旋律が住まう 

俺たちは夜になれば その全てを失う

俺たちは 土踏まずを探すために 

草食動物を食い尽くしてきたのに

草と血の夢想で 顔がひどく汚れると 嫌になるほど狂った「第九」は高鳴る 俺の名前を呼ぶ声がある 俺は偏平足の幻に何度も踏みつぶされる 俺そのものが 俺そのものに

罪を問われていることを知った 真っ青の屋根をたどるほどに 俺たちはただ 阿呆のように 黙契するだけであり 何の約束もないままに パラシュートは 橙色に 染められていく 俺は内なる海を沈めたいのに 波浪する細胞の一つ一つが 荒ぶる精神の午後に星を見失っているから 何億もの帆船が燃えながら 進むべき針路を 見失うより他はないのだ 俺のなかで いっせいに 騒ぎ出す朝がある だだ漏れ朝いる 何かが朝る 俺は 俺であることが 許せな朝 全ての妥協が 暴風雨となって 世界に渦巻き 何かを吹聴させる 燃えるハシゴと 手袋とが見える 大鷲の影が 朝焼けを追い立てる 泣き腫らした目の 野の牛たちは 戦車隊の一列になる 一個の茹で卵を剥がそうとしている指が あらゆる逃げ道を見失いながら 象の幽霊の影に怯えているとき オモチャの不滅の軍隊は 靴の底に無意味を敷いている チャ チャ チャ オモチャの 行進 そのような騒がしい食卓で きみは俺は卵をいよいよ剥き始める 命令を求めて匍匐前進 大佐あの巨大な亡霊を どうすれば良いのですか いよいよ殻を割ろうとするとき 「大量の放射性物質を含んでいますので 雨と風には触らないでください」 オモチャの暮らしにまで干渉するのか 兵士たちは決起する 銃を鳴らし続ける こりゃ 人間とはものみな

それ そのままが 血みどろの駐屯地ダナ 腕時計は たちまちのうちに 水たまりを裏

                切っている あらゆるののしりを 小石に変えて沈めようとする 絶叫が 偽物の傘地蔵となり 立ち尽くしている 乗り捨てられた自転車は 国という家の 犠牲となっ朝からペダルが無い 俺の中で だだ漏れ自転車ている 止まることのない 壊れた蛇口の先から とめどなく あるいは 大いなる 木の切り口から あ自転車す 血のしずくが 鬼の歯を洗って 精神に垂れてくる ああ雲の影に怯えるリスを 消しゴムの内部に閉じ込めたまま飼っているきみという俺のだだ漏れの日録を読み漁る耳の鋭いだけの少年よう!

   おお我と汝の精神世界の立ち入り禁止区域の机上の一つの運命の冷罵と

一本の鉛筆と錐!

読者諸氏よ 俺こそは諸氏 

紙片の余白の はるかなる

地平にたちあがる火炎こそは

軽々しい死後 影など見当たらない地球とは火星の劣情 

だからこそ俺の墓に反吐を吐く奴は 誰か 誰でもない

牛が 燃えながら 群れをなして

時を 追い抜いていく 俺はきみの机の掃除を

続けなくてはならない 鬼

アザミを手にして きみはそれを枕に置き

涙をためて この世界から逃亡したいと思う 

冬の雁が歩いて羽根を探している柔らかな背中の幾何学は鳥をかくまうための音符

船底の森の迷い道を手の平に乗せてクロールをしようとするとそのワンストロークが火鉢を掻き回し世界の生成に立ち会おうとする三匹の働き蟻を堕落させてしまっているのか!

きみは夜明けに 手の中の海をこぼした

そして 豚とイノシシと紫蘇の影に追われている真っ赤な三輪車を蹴り倒した

十万年の夏炉が夢見ているのは秋木立の奥の春木立の中で燃えさかる夏木立だ

雲から光りの梯子が降りてくる

そこを緑の沼が ゆっくりと降りてくる 手足を動かしながら

カブトムシの頭が 振りかざしているのは 新しい夏の狂気

太平洋で輝くヨットの帆など 頭脳の砦で切り刻み 燃やしてしまえ

季節外れの 秋の真夏の太陽のために 働くのさ 舌打ちしながら

三冬の春の初夏の塩ミルクのジェラードの記憶の中にある女王蟻の奥歯の

虫酸の角を振りかざすカブトムシの幼虫

もしくは ランドセルを背負い直す 

たった一人の読者諸氏よ

きみは俺だ

たった一人はたった一人のために

そのような本人という俺のために自らは

自らから、だだ漏れるという宣言の書に

本日も電信柱を立てる

ああ読者諸氏よ きみよ 郷愁よ

四十六歳の子どもよ 

非常なる何億もの無意味さが迎えに来る

誰もいない玄関を

きみの頭脳の左側をもうもうと煙をあげて

新しい蒸気機関車が通り抜けようとする

きみの頭脳の右側をもうもうと煙をあげて

古めかしい蒸気機関車がやって来る

きみの頭脳の中心の真っ赤な鉄橋で

きみは叫び声をあげる

世界は何を稼働させているのか

世界は何を運んでいるのか

世界は何を往復させるのか

世界はどこまで鉄の道を敷いていくのか

世界は

考えるほどにきりがなくなる

きみは頭を抱え込み叫ぶ

頭ん中で

すれ違わせるのだけは

せめて止してくれ !

        

  

  

 

 

 

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