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小さな宇宙

久しぶりに実家に帰った。

父は単身赴任、母も週に何度か働いていることもあり、実家に帰っても祖母しかいないこともある。だが、今日は彼のご両親が私の実家に来るとのことで、私の両親にも都合を合わせてもらっていた。

今日の議題は、ろくに相談もせずに結婚式を決めてしまった我々からの、双方の両親への説明の場であった。少し気まずく、叱られる前のような気持ちだったのに、祖母はいつものように私たちが曲がり角から現れるのを家の前で待ち構えていたし、ありがたいことにちらし寿司の準備までしていてくれた。

≪彼のご両親がくる!≫
もちろん礼儀や畏まった気持ち、もてなしの気持ちもあったと思うが、祖母は単純に私の義父母が来ることが嬉しいようだった。初めて彼が挨拶に来た時に似ている。(当時、彼が来る前は結婚前の同棲などありえないと怒られたが、いざ彼がくると祖母はふにゃふにゃして、どうぞどうぞとダチョウ俱楽部みたいだった)

14時からの約束を13時だと勘違いしていた祖母は、ちらし寿司を食べ始めた我々に早く食べろと催促したが、約束の時間が少し遅かったことがわかると
「ちょっと小盛りにしてたのよ」とおかわりを促す。結婚しようと何歳になろうと、私はいつまでも祖母にとっては子供なんだ。

*

彼のご両親は、スーツに綺麗なワンピースを着ていた。私の両親も、やや綺麗目な格好で、彼らが対面しただけで緊張する。
大の大人が集まって席順を決めるのにも一苦労である。

少しの気まずさの中でようやく着席して、そそと祖母が出したのは蓋つきの茶碗であった。大福茶。
梅の花と昆布が入った、縁起物の飲み物。

珍しい飲み物の登場に皆でおお、と覗き込む。

「こういったものはどこからもらうんですか」と義父。
「岐阜に帰ったら、妹がくれて」と祖母。
お茶をしてるので、と続矢継ぎ早につづける祖母は、何度も大福茶の塩味の心配をしている。
飲んでみると、少し塩辛い気がしたが、こういうものなのか、本当に塩辛いのかわからない。
みんなきっと分からなかったと思うのだが、彼のご両親は「大丈夫」と気を使うので、私もハテナを浮かべてつつ、大丈夫と言った。

みな、おしゃべりなタイプではなく、
変な沈黙の後に、彼が話し出した。

彼の言葉を聞きながら、自分も結婚式をする理由を考える。
一生に一度だとか、けじめの場だとか、いろいろ言えるけれど、結局のところなぜやることにしたのか、自分自身よく分からない気もする。なんともいいあぐねていると、「ゆうちゃんはやりたかったの?」と聞かれたので、はい、と答えた。

多分、彼の母は女性の憧れとして、「ウェディングドレスを着たいか」という文脈で話しかけてきた気もするが、それは少し違う。

私は、成人式の時に着た、母の振袖をもう一度着たかった。
心配性な父母に大丈夫だからと言って、祖母にありがとうと言いたかった。

端的に言ってしまえば、結婚式は口実なのだろう。
ただ、今それを言うのも違う気がして、黙った。ここでさらりと言える話なのであれば、それこそ写真で十分だ。

家族だからこそ、綺麗な言葉は、あまり交換できない。結婚式は、その舞台を借りたらなにか勇気が出る気がするという願掛けに近い。

皆で囲んだ机の上は、なめらかな金の淵の皿や、透明な水色の器、「お茶こぼし」という急須に残った茶を入れる入れ物など、畏まった小道具で小宇宙のようであった。このカオスは、まだまだ膨張している気がした。

「日本茶は縁起が悪いから」と、ついゲン担ぎしてしまうような。
ケーキを一番最初に選ぶ権利を譲り合ってしまうような。
会話もどこかぎこちないかんじの卓上に、色とりどりの皿が似合っている。

「結婚式、しないと思ってたけど」
「してくれた方が、家族になったって感じがしますね、まだ実感が沸かないね」
と、卓上の星を数えるように義母がいう。

簡単な皿を使って食事する想像は、いまはできないけれど、美しい皿だけが卓上に並ぶこの瞬間を、いつか懐かしく思い出すのかもしれない。

お茶なんてなんでもいいし、パンのシールを集めてもらえるような皿でもいい。そう思える、小さな諍いも起こるようなテーブルが、いつかあるのかな。

「なんでもいいけど、家族が増えて嬉しいわ」
何も聞いてない祖母が言うと、一歩前進した気持ちになる。

彼女は、星座を見つけるのをただ楽しんでいるようだった。

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