とある者の手記 二頁目

 気付くと僕はそこにいた。先の見えない暗い森の中だった。周りを見渡しても木と草以外、視界に入ってくるものはなかった。
「何してんだよ」
「別に」
 隣にいるこいつはいつも付きまとってくる。こんなやつを好きなわけがないのに、四六時中僕の後を付けてはこうやって小言を挟んでくる。
「こんなところまで何をしに来たんだ」
「お前は何がしたいんだ」
 僕はそんなやつの言うことを無視して歩みを進める。その間、常に奴は僕に質問を投げかけてきたが、僕は無視するか適当な相槌を打って、相手にしなかった。

 しばらく歩くと、開けた場所に出る。というよりかは、崖になっていてそう見えているだけのようだった。その崖から少し身を乗り出して下を覗く。辺りが暗いせいか、その先には闇だけが広がっていた。僕は少し興奮していた。目の前に広がる高揚感と解放感が、僕を支配しようとしていた。
 が、それも束の間だった。相変わらず奴が横から入ってきて、僕に耳打ちをする。
 「逃げるつもりか」「許されるはずがないだろう」
 延々と続けられる奴の質問責めに痺れを切らした僕は、仕方なく話し相手になった。なってやった。

 しばらく考え事をしているうちに辺りは明るくなっていた。朝焼けの橙色は雲に邪魔されて濁っていた。気分も天候もひどく濁ってくすんでいた。
「さて」
 崖に足を投げ出して座り込んでいた僕は、ため息を吐きながらおもむろに立ち上がり、後ろへ振り返る。そこには人間はもちろん、動物の姿すら見えなかった。そこに在ったのは、木々の間をすり抜ける風の音と、雲の隙間から覗いた太陽が作り出した僕の陰だけだった。
 情けない恐怖と少しの興奮と緊張。そんなものが、僕の周りをぐるぐると取り巻いていた。手には汗がにじんでいるのがわかった。頬に涙が伝っていた。神経が研ぎ澄まされているようだった。

 そしてそっと瞼を閉じると、僕は背を倒した。
 顔を横切る風の感触と身に受ける重力の重さを感じながら、意識を閉じた。


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