やまなし

早起きした朝。 
旅先で、女友達とふたり朝市に出かけた。

ふうふう言いながらあったかい汁の朝ごはんを食べて
わたしはあっち、彼女はあっち。それぞれにわかれた。
朝市はもう終わりかけているから駆け足でまわる。

いちばん隅っこで、手のひらにのるほどの小粒な果物をみつけて
おもわずそこにいたおばあさんに声をかけた。
宮沢賢治の童話でしか知らなかったその果物が
本当にあるのを知ったのは、その土地をおとずれたさいしょの幸福。

段ボールにマジックペンで「やまなし」と描かれ、
地面の上に敷かれた布の上で
透明パックに入れられ、無造作に売られていた。
ひとりだから、と半分の量にしてもらう。
ビニール袋に入れ替えるとき
そのまま食べてもいいし、お酒に漬けてもいい。
おばあさんが教えてくれた。 

大きさでいえば姫リンゴほどの「やまなし」が
袋の中でころころ動いている。
ついさっきわかれた友人は
ぷくぷくに太ったビニール袋を両手めいっぱい提げて
ほくほくした顔をしてあらわれた。
安くなってたから買っちゃったの。
おばちゃんになると、
残り物、そのままにしていられなくて、つい。
わたしも、と笑いながら、
たぶん、わたしも、彼女も、そのひとつのような気がして。


車に戻ってビニール袋を開けた。
ぷうんと道端で拾ったカリンがいくつも集まったところに
顔を近づけたときのような、たくましい香り。
ひとつかじってみた。
苦くて、渋くて、とても食べられたものじゃなかった。


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