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楢ノ木とケムケム

   作  桜月蓮 江都

「ヨイショ,ヨイショ」

  ケムケムはさなぎ部屋からようやっとの思いで這い出ました。
「フーッ」こんなに大変なのは生まれて初めてでした。
 クタクタに疲れ果てたケムケムは何も食べずに休む事にしました。
 すると、今まで見た事のない世界が広がっています。
 ケムケムは目をグルグル回して見入っていますと、キラキラ木漏れ日おばさんがアカダモ伯父さんと深呼吸しています。
 すずらん姫達は手をパチパチ叩きながらクルクル踊っています。
 コゴミ青年は身体をユラユラ揺らして、向かいのコゴミ爺と楽しそうに話しております。
 そよ風王子がそっとケムケムに近づき
「気を付けなさい、鳥達に見つからない様に」と囁いて通り過ぎて行きました。
 土の中にいたミミズは勢い余って外に出てしまい、慌てて引き変えして行きます。
 蟻たちは忙しい忙しいとシャカシャカせわしなく走り回り、玉子の世話をしたり獲物を運んだり出入り口の修理したり、ふんぞり返って見張りをしたりしております。
 蕗のとうの綿毛がケムケムに近づき
「気をつけろ、用心深い程長く生きられる」と言いながら風の船に乗って行ってしまいました。
 モンシロチョウの旅人が風の船に乗ったり降りたりしながら
「今年は花が少なくて長い旅をしないとお腹いっぱいにならないわ」
とブツブツ文句を言いながら遠ざかって行きました。
 突然上の方から
「立派な青年になったのう」と言う声がします。

 驚いて見て見ますと大きな楢の木です、森全部を包み世界を虹色に変えてしまう様な声の響きです。
「僕を知っているの」
 とケムケムが聞いてみますと楢の木はニッコリ笑いながら
「遥か昔から知っているよオオミズアオのケムケムよ」
 と心が溶け出す魔法の声で答えてくれましたが、楢の木の哀しみが触覚に触れた様な気がしてケムケムは思わず楢の木を仰ぎ見ますと、大きく手を広げ風の王と笑っている楢の木がそびえ立っております。
ーなんだ気のせいだったんだー
 と思いましたが、楢の木で休んでいたケムケムは楢の木の深い深い哀しみが足を伝わってきました。
 仕方のない事もあるからのう見守る事しか出来ないのが哀しいのう、と言う思いでした。
 ケムケムはとても優しい楢の木を抱きしめて目を閉じました。
 

 


 

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