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【創作】眠れない夜を越えて #4

白羽行人&葛西雅樹◇M.side

どのくらい時間が経ったんだろう。
気恥ずかしさと申し訳なさとが入り混じったように顔を上げた行人は、俺を見るなりぎょっとした。
「…なんでお前まで泣いてんの?」
やばい、つられてこっそり泣いてたのがバレた。
「いや泣いてないよ。ちょっと目にゴミ…あ、違う!あくび出ただけ!」
「嘘つくなよ」
ふっと笑われて、なんだか俺もおかしくなって笑い返した。

それから適当に音楽をかけて冷凍庫にあった保冷剤で目を冷やしながら「何やってんだろうねー俺たち」なんてまた笑って。
とりとめのない話をしているうちに、行人は眠くなってしまったようで「歯磨きしてくる」とバッグから歯磨きセットを取り出し、洗面台へ向かった。
「待って、俺も!」
とはいえ狭い洗面台、二人同時に歯磨きできる訳もなく。
行人が終わるのを待ち、歯磨きを済ませて部屋へ戻ると、やつは既にベッドの隅っこで手足を折り曲げて静かに寝息をたてていた。
良かった、今夜はちゃんと眠れてるみたいだ。
安心して俺もゴロンと横になる。
それにしても、いくら何でも男二人が同じベッドに寝るのはなあ…でも床は嫌だしソファーないし、一応布団あるけど用意するの面倒だし…それにしても行人って寝るときずいぶんちっちゃくなるんだなあ…。
そうこう考えてるうちに猛烈な睡魔が襲ってきて、結局すべて放り出して電気を消した。
 


 
翌朝目が覚めると、先に起きていた行人がクッションに座って何やら読み込んでいるのが見えた。
「…おはよ」
「おす…ってすげー頭。爆発してんじゃん」
俺によっぽど酷い寝癖がついているらしく、くっくっと笑われた。
「ん?毎朝こんなよ。それより眠れた?」
「どっかの奴からエルボーくらって起きた」
「へ?」
「いや、よく寝れたよ。本当にひさびさ、いつぶりかわかんねえくらい」
その言葉と柔らかな表情に、心底ほっとした。
「そっか、良かった!ってそれ何、台本?」
「ああ、来週から始まる地方公演の。スタッフとして参加するから流れとか掴んどかなきゃって」
「東京はないの?」
「先月終わったんだよ。だから復習がてら確認」
それまで普通に話してた行人が、急にあっと声をあげて声をひそめた。
「そういえばお袋さん、さっき帰ってきたっぽい。玄関の音してた」
「あれ、もうそんな時間?これから風呂入って寝るのかな…じゃあ外出よっか」
 
疲れて帰宅したところだからゆっくり休んで欲しいし、いい大人になってお喋りがうるさくて眠れないなんて叱られるのはごめんだ。
さっさと支度して、浴室の扉が閉まる音がしたタイミングで家をあとにする。

朝食がてら駅まで送ると伝えると、行人から奢るとの申し出があった。
「泊めてもらったし、他にも世話になったからな」
別にいいのにと思いつつ、せっかくの厚意だから甘えることにして、駅前のチェーン店へ入った。
「そんなんで足りるのかよ?もっと食えよ」
「お前こそよく朝からそんなに食えるよな」
なんて、お互いの食事量に文句言いながら。
さっさと食べ終わった行人が例の台本をテーブルに出すと同時にスマホが振動し、「食ってて」と目で合図を送って店から出て行った。
ガードレールの横に立って電話してる猫背が窓から見える。
 
俺がちょうど食べ終わった頃、電話を終えた行人が席へ戻って来た。
何かあったのか、わずかに頬が高揚している
「どうした?」
「今事務所から電話があって…舞台、キャストの一人が事故ったって。たいした怪我じゃねえけど降板することになったから、代わりに出ろって…」
「え!?」
「今日は稽古休みだから、今日中に台詞と動き叩き込んで明日から参加しろって」
「マジで!?」
「台詞は少ないけど立ち回り多いし、重要なシーンにも出るから死ぬ気でやれって」
「すげえ!やったじゃん!!」
店の中だということをすっかり忘れ、思わず立ち上がって抱きついた。
「痛えな、離せよ」
飛び上がりそうなくらい喜んでたら「お前がはしゃいでどうすんだよ」と呆れられてしまった。
 
駅まで送ったところでひとつお願いをした。
「さっき言ってた公演、チラシとか持ってる?あれば欲しいんだけど」
「まあ1枚だけ…俺載ってねえけどいい?」
「うん、行人がどんな舞台に出るか知りたい」
「わかった、ほら」
「ありがと」
丁寧に折り畳まれたチラシを受け取り、礼を言う。
 
「じゃあな、本当いろいろ世話になった。ありがとな」
「ううん、それより身体、気をつけろよ。無理すんなよ」
「わかった。でも俺、今すげー元気だし頑張れそうだから。
 
…理解してくれる奴がいるって、こんなに心強いんだな」
 
確かにそう聞こえた呟き。
ものすごい嬉しかったけど、反応したらむっつり黙ってしまいそうだからここは触れないでおこう。

それから、余計なことかもしれないけどどうしても言いたくなった一言。
 
「また眠れなくなったら来いよ。いつでも肩貸すから」
「…うっざ」
 
行人はそう呟くと、ぷいっと背中を向けて改札まで歩き出してしまった。
顔は帽子に隠れてよく見えなかったものの、ちらりと見えた口の端っこがわずかに上がっていることだけは確認できた。
 
「またな!」
改札を過ぎたところで呼びかけると、後ろ向きのまま手をひらひら振り、ホームに入ってきた電車へ乗り込んでいった。
 
「行っちゃった…」
わずかな名残惜しさから、がさがさとチラシを広げてみる。
キャストの顔写真と名前、あらすじと主催者のコメント、各会場の日程、それから公式ホームページの案内が掲載されていた。
 
詳しいことは帰ってからゆっくり調べるとして、
 
「新幹線だと金キツいけど、高速バスなら出せるかな…」
 
まだ見ぬ世界を楽しみに、晴れ渡る空の下を歩き始めた。
 

 
-END-

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