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【創作】眠れない夜を越えて #1

◇白羽行人&葛西雅樹◇Y.side


「…マジかよ」
生温い風を頬に受けて、ため息混じりに呟いた。

単発バイトの帰り道。
朝早くから集合をかけられ、まともに空調の効かない倉庫内での作業は蒸し焼きになるかと思う程暑く、外に出れば少しは解放されるかと思ったら。
駅へ向かうバスはほんの数分前に出たばかりで、次のバスまであと40分も待つ。
確か駅まで徒歩30分、それなら歩いたほうが遥かにましだとバス停をあとにした。
それを後悔し始めたのは、半分ほどの距離を歩いた頃だろうか。

朝から薄曇りだった空が、いつの間にか何色とも形容しがたい奇妙な色の雲に覆いつくされていた。
ひゅうという音とともに過ぎた風の冷たさに、思わず身震いする。
天気急変の前触れか。
「天気予報、雨降るって言ってなかったじゃん」
文句を言っても仕方がない、早いうちに帰路へ着いた方が賢明だ。
そう思い、足を速めようとした瞬間
視界がぐらりと大きく揺れ、全身の力が一気に抜けるのを感じた。

硬く気味悪い生温さを感じ、自分が今アスファルトに転がっていることに気づいたのは、少し経った頃だろうか。
(なんだ…これ)
頭を直接揺さぶられているような鈍い痛みと重さで、瞼にぎゅっと力が入る。
早く起きろ。帰らなきゃ。
そんな思いとは裏腹に、指一本すらまともに動かせない。

初めて来た場所、しかもさほど人通りのない川沿いの道。
まさか、こんなところで一体どうしたら…。


「…ですか?ねえ、大丈夫ですか!?しっかり!」
突然、誰かの呼ぶ声がした。

「俺この人運ぶから、誰か玄関開けといて!はい鍵!」
「じゃあ荷物貸して、俺持ってくから」
「頼む!あ、あとじいちゃん先生呼んで来て!」

身体を抱え込まれた感覚と、何やら騒がしい周囲。
俺、ひょっとして助かった…?
そう安堵した瞬間、意識がぷつりと途切れた。​


目を覚ますと、そこは誰のものともわからない部屋。
6畳ほどのスペースにテレビとオーディオ、それに大量の服やCDが所狭しと並んでいる。
あまり物を持たず、殺風景な俺の部屋とはずいぶん対照的だ。
俺はその部屋の、やや大きめのベッドに寝かされていた。

ぼんやりと室内を眺めていると、襖が開き
「あ、起きた?」
部屋の主と思われる男が、これまた大量の洗濯物を抱えて入ってきた。

年齢は同世代といったところか。
180cm超えと思われる身長、すらりと伸びた長い手足、しっかりとした体格に端正な顔立ち。
モデルでもやってそうなルックスのそいつは、星条旗がプリントされた赤いロンTにペイズリー柄のパンツというド派手かつラフな格好で、その場に洗濯物を置いて俺の顔を覗きこんだ。
「さっきそこの道に倒れてたの、覚えてる?俺んち、すぐ近くだったから連れてきちゃったんだけど。えっと、仕事場の奴らが一緒で、そいつらがじいちゃん先生呼んでくれて、一応診てもらったら疲れとか寝不足とかそういうんだから心配ないって。あ、じいちゃん先生ってもともと近所でお医者さんやってた人で、今はもう引退してて…そうだ、水飲む?」
状況説明のつもりだろうが、それにしてもよく喋る。
話半分に聞いてるうちにふと気づいて、慌てて頭に手をやった。
「……帽子!」
勢いよく起き上がった途端、強烈な眩暈に襲われ、堪らず突っ伏した。
「あ、ダメだよ急に起き上がっちゃ!まだ顔色良くないから無理しないで」
俺を支えてベッドに寝かせてくれたそいつは、いそいそと帽子とバッグを見せてくれた。
「君の持ち物ならここにあるよ。心配しないで」
「…すんません。あの、色々…ありがとうございました」
「いいよ。いきなり知らない奴の部屋にいて、自分のものがないって思ったらびっくりしちゃうよね。
あ、名前言ってなかったっけ。俺、葛西雅樹。雅樹でいいよ」
雅樹と名乗る男は、俺を安心させるかのように、静かに笑いかけた。
「…行人。白羽行人…っす」
「行人ね。うん、よろしく」

ベッドに横たわりながら、洗濯物を畳む雅樹を眺めつつも何だか落ち着かない。
助けて貰っておいてこんなこと考えるのはあれだけど、初対面の相手、ましてやこんなにも世話になってるのに長居するのはさすがに気が引ける。
「うしっ、終わり」
雅樹が洗濯物を畳み終えたタイミングで話しかけることにした。
「あの…俺、そろそろ帰んないと」
そう告げると、雅樹は不思議そうに目をぱちくりさせてこちらを向いた。
「え?でも今、すごい雨降ってるよ」
「…マジ?」
「マジ。20分くらい前かなあ。洗濯物取り込んだあとすぐにさあ、ざあーって」
建物の構造上そこまで音は聞こえないが、擦りガラスの窓を開けると確かに大雨だ。
「電車とかやばそうだよ、ほら」
スマホに表示された交通情報を見せてもらうと、短時間集中豪雨のため運転見合わせ/大幅な遅延/今後運休が見込まれる路線…等々、ばんばん表示されている。
「泊まっていきなよ。これじゃいつ帰れるかわかんないし、途中で何かあったら危ないよ」
「いや、でも」
「遠慮しなくていいよ。うちの母親、今日夜勤でいないし」
聞けば、この公営住宅で母親と二人暮らしだという。
「そういうんじゃなくて…あ、明日仕事じゃ」
「明日は機械のメンテナンス日で臨時休業。じゃあ決まりね、着替えちゃって。その格好だと窮屈でしょ?」
手早く準備されて枕元に置かれたのは、これまた派手なロンTとスウェットパンツ。
「俺、夕飯の支度してくるから、それまでゆっくりしてて」
…こうして相手のペースにすっかり呑まれ、半ば強制的に泊まりが決定した。


-To Be Continued-

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