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【創作】眠れない夜を越えて #3

白羽行人&葛西雅樹◇M.side


「隠し子なんだよ、俺」
 
誰かに話そうなんて今まで思ったこともなかった。
だけど、行人には聞いてほしかったから。
 
「父親にあたる奴は、表向きは小さな町工場の、従業員想いの経営者。
けどその裏じゃ、俺や母さんみたいな存在を何人も設けてるとんでもないクズでさ。
母さん、日本に来たばっかりだったのにそんな奴に付け込まれて…で、俺が産まれた。
住むところと仕事見つけて、必死に言葉覚えて、でもそれだけだと俺を育てていけないから、制度とかいろいろ調べて手当て貰って、わずかな養育費を貰うためにクズ野郎にも頭下げて。それでなんとか生活できたけど、ずいぶん苦労してた」
 
行人はただ黙って聞いている。
 
「ガキの頃はよくいじめられたよ。貧乏とか母子家庭のくせにとか、ひどい奴だと税金泥棒は国に帰れとか。
最初は我慢してたけど、そのうち耐えられなくなって。でもやり返すと今度は俺が怒られるんだよ。『ちょっとからかわれただけでしょ』とか『君は身体が大きいから怖いんだよ』とか。いじめられてたときは誰も助けてくれなかったのに。
クラスで誰かの物がなくなると、皆が俺を見るんだよ。知らないって言っても信じてもらえなかった。
結局、無実だって証明されても謝ってくるやつなんてほとんどいなかった。
気まずそうに顔を逸らすか『疑われる奴が悪い』って逆ギレか。
 
…母さんはいつも『私たちは悪くない、胸張って』って励ましてくれた。
近所の人たちも優しくしてくれた。
大人になって同じ境遇のやつらが集まって、笑って話せるようになったこともあるよ。
けど、あのとき感じた『悲しい、悔しい、やりきれない』って気持ちはずっと消えない。たぶんこれからも、生きてる限りは」
 
一通り話したあと、じっと行人を見た。
あのときの俺と同じ目をした行人を。
 
 
「行人だってそうだろ?
本当はずっと傷ついてきたんだろう?」
 
目を見開き、きゅっと口を結ぶ行人。
何かを堪えるようなその顔は、何故か年齢よりずっと幼く見えた。
 
 
「…帽子、伊吹さんから貰ったんだ」
 
行人は俯き、何が起こったのかぽつぽつと話してくれた。
 
事件当日、稽古場に伊吹さんが現れたこと。
かつての伊吹さんを求められるのが嫌で、自分の方法で表現したいと訴えたこと。
「いちばん近くで見ていてやる」と帽子を被せられ、伊吹さんに見限られたと思ったこと。
けれど実は、行人を主役に抜擢し自身は傍で見守る役を演じようとしていたこと。
その夜、犯人が伊吹さんの自宅を訪れたこと。
犯人が仲間をけしかけ、行人に窃盗の罪を着せようとしていたのを、伊吹さんが知っていたこと。
仲間を売る奴は俺の舞台に必要ないと言われ、逆上した犯人が殺害に及んだこと。
翌日から逮捕されるまで、犯人は何事もなかったかように過ごしていたこと。
それからもう一人のオーディションに残った奴は、親が制作会社に献金した見返りに主役にするよう社長と話をつけていたこと。
伊吹さんは、社長にその話を持ちかけられても絶対に首を縦に振らなかったこと。
 
早く振り切ってしまいたくて、この半年間、休むことなく走り続けたこと。
仕事がない日は自主練やバイトに明け暮れ、没頭していたこと。
それでも、夢に出てくるのは決まってあの出来事で、眠れない日が増えていったこと。
 
「伊吹さん、本当に熱い人だったんだよ。
妥協を許さなくて、俺みたいな奴のことも受け止めてくれて。
そんときは知らなかったけど、自身の問題にも決着つけようとしてたって。
…なのに、そんな伊吹さんの世界が、想いが、汚ねえ奴らに踏みにじられて、どんどん穢されていったんだ…」
 
最初から勝敗が決まっていた世界。
権力を持った強い奴だけが得をして、何も知らない弱い奴は淘汰されていくだけの世界。
そんな世界を打破すべく、すべてを賭けて挑んでいた人だったのに。
 
行人はそう呟き、膝を抱えて蹲ってしまった。
 
過酷な現実。
こいつはどれだけの夜を、たった一人で越えてきたんだろう。
身を縮めて、息を潜めて、腕に爪を立てて、
限界に達して倒れてしまうまで。
 
 
頼む、行人。
もう一人で苦しむな。
 
そんな願いを込めて、行人の頭に手を伸ばし、肩に引き寄せた。
ちらりと見えた、臥せた目に濡れた長い睫毛。
それに、血が滲むんじゃないかってくらい噛みしめられた唇。
 
「まさ…き」
 
ほとんど聞き取れない声で俺を呼んだ途端、行人の中で何かが決壊したようだった。
声を抑えてしゃくりあげる姿は、まるで小さな子どものようで。
震える痩せっぽちの身体は、力を込めたら壊れてしまいそうなくらい脆く思えて。
 
外はまだ雨が降っている。

雨音がこいつの泣き声を消してくれるように。
闇夜がこいつの苦しみを飲み込んでくれるように。
そして、雨がこいつに沁み付いた悲しみを流してくれるように。

そう祈りながら頭を撫で、背中を擦りつづけた。
 

-To Be Continued-

https://www.youtube.com/watch?v=BSds8RuzMe4

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