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【創作】眠れない夜を越えて #2

◇白羽行人&葛西雅樹◇Y.side


指示通り着替えて布団にくるまっているうちに、少しうとうとしていたらしい。
「メシできたよ。起きられる?」
雅樹の声にゆっくり身を起こし、ダイニングキッチンへ移動すると、用意されていたのは鶏肉と卵が入ったうどんに野菜スティック。
「じいちゃん先生は栄養つけろって言ってたけど、がっつり系だと難しいでしょ?俺も簡単なものしか作れないし」
そう言って照れたように笑う。
気遣いが有り難く、何より優しい味わいがじんわりと沁みた。
「…うまいよ。あ、ちょっと生姜入れた?」
「よくわかったね。行人も料理すんの?」
「まあ…一人暮らしだし、できるときはなるべく自分で作るようにしてる」
「でもあんまり量食べないでしょ」
「んなことねえけど」
他愛もない話と、誰かとの食事。
こんなの、いつぶりだろう。
「あ、風呂は湯船派?シャワー派?」
「…今日はシャワーかな」
「じゃ食い終わったら入ってきて。タオル用意しとくから」
 
バッグから下着を取り出すと、雅樹がきょとんとした顔をしている。
仕事柄急に泊まりになることがあるから、歯磨きセットと下着は常に持ち歩いていると告げると「おー、役に立ったねえ」なんて笑った。
 
シャワーを借りながら、雅樹って不思議な奴だな、と思う。
俺の2歳年下だというけど、妙に信頼できるというか落ち着くというか。
話を引き出すのが巧いけどぐいぐい来るタイプじゃないから、嫌な感じが一切ない。
仕事仲間とも関係良好っぽいし、慕われる理由もよくわかる。
 
ただ時折、奥底に寂しさを抱えたような目をしていることが少し引っかかっていた。



「雨まだ降ってるみたいだな。天気と電車動いてるか確認しとく?」
お互い風呂を済ませたところで、ベッドに腰掛けてテレビをつけた。
タイミング良くニュースがやっていたのでそのまま流し見。
「冠水してるとこもあるんだ。大変だな」
「ここ川近いんだろ?大丈夫かよ」
「意外と平気なんだってさ、この辺り」
 
『…続いてのニュースです。今年4月、義経伝などで知られる脚本・演出家の獅子山伊吹さんが殺害された事件で、逮捕・起訴された藤山葵被告の初公判が行われました』
 
ニュースを読み上げるキャスターの声に、一瞬呼吸が止まった。
胸を抉られる。
全身が強張る。
血の気が引いていくのがわかる。
テレビの画面から目が離せないのに、何も情報が入ってこない。
音声がずっと遠くで鳴っているかのように聞こえる。
 
 
「大丈夫?」
肩に触れられて、びくっと振り返るとそこには心配そうに見つめる雅樹の顔。
テレビを見ると、いつの間にかそのニュースは終わり、別のコーナーへと切り替わっていた。
「あ、悪い…」
「顔真っ青だよ。まだ具合悪い?」
「いや…」
 
「あのさ」
あらたまったで雅樹が言う。
「ここ連れて来て皆が帰ったあと、行人ちょっとうなされてたんだよ。そんときうわごとで『伊吹さん』って呼んでた。何度も」
 
「…え?」
「あのとき言ってた伊吹さんって、もしかして」
 
 
 
「…ああ」
 
俺はあの日のことを、雅樹に話すことにした。
 
「俺、一応役者やってんだよ。
つってもまだまだ駆け出しで食えねえから、バイトしながらだけど。
さっきニュースでやってたオーディション、俺も受けてたんだ。
結果が発表されるはずだった日、制作側から言われたんだ。伊吹さんが殺されたって。
…俺、真っ先に疑われたよ。
伊吹さんと口論になってたからってだって言われたけど、そんなの表面上の話。
『見てくれあんなだし口悪いし、あいつが怪しい』って陰で散々言われてた。
周りが俺をどんな目で見てるか、これでもかってくらい思い知らされた。
でも結局、何のマークもされてねえ、いかにも善人ですって奴が犯人だったわけ。
笑っちまうだろ?
いっつもそうなんだよ、俺。
…ま、こんなことしょっちゅうだし、いい加減もう慣れっこだけど」
 
自嘲気味に吐き捨てたところで、雅樹の冷静な声が響いた。
 

「…それ、違うよね」
 
「は?どういう意味だよ」
何が違うんだよ。感情が昂ぶって声が上ずる。
 
 
すると雅樹は顔を近づけ、きっぱりとこう言った。
 

「行人、全然慣れっこなんかじゃないよね」
 

胸の奥がひやりとした。
心の内が見透かされたようで、心臓がバクバクする。
なんで。なんで。
こんなこと今まで誰にも言われたことないのに。
 
「俺、母親と二人暮らしって言ったよね」
動揺のあまり目を逸らせない俺に、雅樹はゆっくり語りかけてくる。
 

「隠し子なんだよ、俺」
 
このあと、彼の口から思いもよらない生い立ちが語られた。

-To Be Continued-

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