信頼貯金授業誕生秘話
『7つの習慣』に出会った頃、市内の小野かつき先生という方と保健の授業づくりの勉強会をしていた。(実は本を読むようになったのはこの小野先生の影響が大きい)
県の体育主任研修会の会場で、市内の先生方に「勉強会をしませんか」というチラシを配付していたのが小野先生だった。
小野先生は保健のエキスパート。教科書の執筆も頼まれるくらいのすごい方だった。
この方と、最初に作ったのは命のバトンという授業だった。授業のねらいを決め、そのためにどんな資料やどんな語りを入れたら子供たちが命の重さや価値に気付けるか、という観点での授業作りだった。
この授業作りをしている過程で、平成9年1月に『7つの習慣』に出会った。
当時は、とにかく、7つの習慣を子供に知らせたくて、「いいか、7つの習慣ってのがあってな!」なんて勢いよく話し、黒板に第1の習慣は…なんて、今、考えて見ても芸のないことをやっていた。
いや、自分は小学校の教師なんだ。
子供の心が動いた上で、習慣にしたいと思えるような授業をしたい。
そういう思いが日に日に増して行った。
当時、ある教育団体がライフスキルの授業開発に取り組んでいた。私の仲間がその研修会に参加。報告を聞くと、それはどうなのかなあ…というものがあった。
例えば、生きていく上で本当に必要なスキルならば、身につけさせたいし、できれば、習慣化してやりたい。ただ、その前に大切なのは動機付けだと思っている。
いくらスキルが大事だからと言って、そのスキルがなぜ大切なのか、どう必要なのかを教えずに、ただただ「タバコを断るには嫌だを何回も繰り返して相手に言えばいい」みたいなところを強調するような授業に疑問を持った。
スキルありきではない。まずは動機付けだ。
動機付けこそ全てと思って授業づくりに取り組んでいるのは、このことがあったからだ。
ずっとずっと授業にしたいと思い続けていたある日、きっかけは突然、やってきた。
7つの習慣を手にしてから3年目(平成12年)、初めて3年生を担任した時のことだった。
その日、私は部活動の朝の指導を終え、始業前の「朝運動」に行くために体育館から外に向かって歩いていた。すると、学級のA子が向こうから泣きながら歩いてくるではないか。
「渡邉先生、家庭学習のノートを家に忘れてきてしまいました」
私はその子を見て、すぐに「宿題はやってあるんでしょ」と聞くと、すぐに「はい」というので、「じゃあ、明日でいいから、一緒に朝運動に行こう!」と言って校庭に向かった。
朝運動が終わり、教室に戻り、朝の会を始めようとした。
すると、B男が教卓のところまで来て、「先生、家庭学習のノートを家に忘れてきてしまいました」というので、「今日中にやってから帰りなさい」と言い、席につかせた。
その瞬間、閃いたのである。
「そうだ、ちょうどいい!信頼残高の話をしよう!」
「はい、ちょっと良いかな。朝の会の時間だけど、大事なことを話すので、一度、席について聞いてください。実は今朝、こんなことがありました…」
「A子さんは始業前に先生のところに、家庭学習を忘れたことを連絡しに来ました。先生は、明日持って来れば良いよと言って一緒に朝運動に向かいました。朝運動から帰ってくると、今度は、B男君が同じように家庭学習を忘れたと連絡をしに来ました。先生は、今日中にやってから帰るようにと言いました」
「同じ忘れ物をしているのに、先生がなぜ、2人に対して言うことが違うかわかりますか」
そう、子供たちはわかっていた。その時は既に6月。3か月も一緒に過ごしてきたのだ。ある程度、友達の行動も見えている。子供たちがわかっているなあと確認した後、こう続けた。
「A子さんはみんなも知っているように、実は忘れ物をしたことがありません。でも、B男君は日頃から宿題はやってこない、忘れ物はする。(あっ、別に責めてるわけではないからね)みんな、これ、自分のこととして聞いてね。問題はここからだよ」
「私たち人と人との間には目に見えない貯金箱(貯金通帳)があってね。相手に対して良いことを言ったりしたりすると、預け入れって言ってね、貯金箱にお金が貯まるように、相手にも目に見えないお金が貯まるんだよね。逆に、相手に対して悪いことを言ったりしたりすると、引き出しって言って、貯金箱からお金が引き出されるように、相手から目に見えないお金が引き出されてしまうんだよね」
「こうやって積み重ねて言った合計を信頼貯金って言ってね、この残っているお金で相手に対する行動が変わってくるんだよ。これは大人になればなるほど、強くなってくるよ。例えば、残り1人を決めなくてはいけない。でも、今、2人残っている。どちらにするか。そう、特に、差がない場合、最後は信頼貯金の多さで決まることもあるんです」
子供たちは真剣に聞いています。
「しかもね、大人が持っている貯金通帳ってのはお金がなくなったらゼロ円で終わりなんだけど、人間の貯金通帳は、悪いことが積み重なっていくと、ゼロどこかマイナスになることだってあるんだよ」
「例えば、誰かがある先生に叱られている場面を見たとしようか。みんなはどっちかな」
「おいおい、Aのやつ、先生に叱られてるよ」
「え⁉️Aが叱られてる訳ないじゃん。何かの間違いじゃない」なのか、「またAか…どうせ、また何かやらかしたんでしょ。きっと、他にも何かやってるよ」
「これだって、信頼貯金の差で言われることがこんなにも違ってしまうんだ。それがたとえ事実じゃないとしてもね」
「さあ、みんなはどっちかな」
と、黒板に重要なキーワードを書きながら話していた時に、気がついた。
「あっ、これ、授業の流れと一緒だ。授業になる!」
すぐに黒板をメモし、その後、45分の授業の形に作り直し、次の日、隣の学年主任の学級でやらせてもらった。
次の日、学年主任が1冊のノートを持って、私のところへやってきた。
「ちょっと、渡邉さん、うちの子が、昨日の授業を受けて、こんなこと書いてきたわよ」
みると、一週間さかのぼって、信頼貯金の通帳を表にして書いてきているではないか。それも、預け入れだけではなく、引き出しも。もちろん、お金は感覚的なものなので、適当な金額が入れてあるが、自分で考えていくらかを考えたのだ。これはすごい!この授業には力がある。そう確信した。
私の学級は授業という形こそ取らなかったが学級に、ある現象が起き始めていた。
ある子が何かの行動をとると「ねえねえ、それって引き出しじゃない」と友達が声をかけると、言われた方はハッとするのだ。逆にいいことをした友達には「それって預け入れだよね、チャリーン♬」って楽しそうに遊び感覚で信頼貯金の重要キーワードを使っているのだ。これもすごいと思った。
動機付ける授業をし、大事なキーワードを共通語として日々使うことによって意識するようになり、それを続けていくことで習慣になる。
私は、この信頼貯金の授業を完成させたことで、早く第1から第7までの授業を全て作らなければと強く思ったのである。
初めてゾクゾクしたキーワードが信頼残高だったが、初めての授業化できたのも信頼残高だった。
7つの習慣のすべてが、かなりの時間数の授業となってこの世に誕生するのはここからもう少し時間がかかるのであった。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?