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【#1】君たちはどうイキるか

就職戦線異状あり

「なりたいものじゃなくて、なれるものを捜し始めたら もうオトナなんだよ…」

『就職戦線異状なし』(1991)より


自分だけは特別だと思っていた。



社会のシステムの一部になんてならない。そう思っていた。まだ開花していないだけで、きっと他の人間とは違う特別な才能が眠っているのだと。いつか世の中は私のことを優秀な人間だと認める日が来るに違いない。そして、私は社会的な称賛と栄誉を手に入れ、才能の対価としての報酬を受け取るのだろう。

根拠なき自信を頼みの綱にして、根拠のある自信を手に入れるためのさしたる努力もしてこなかった。独創的で具体的なアクションを起こすこともなければ、たとえ凡庸でも継続して何かに愚直に取り組み続けたという実績もなかった。他人と差別化できるようなものは何ひとつ獲得するに至らなかった。若さを弄び、垂れ流し、時間を放漫に浪費し続けた。

そこには、ただ平凡な大学生が残った。過去の小さな成功体験にしがみつくことしかできないイキがっているだけの凡庸な大学生。

モラトリアムの終わり。執行猶予期間はみるみると目減りしていく。人生の体感時間の折り返し地点である19歳を過ぎたあたりから、気が付けば時間は経過するものではなく溶け出すものになった。溶けた時間が底なし沼となり足が嵌って身動きが取れなくなる。そして、憂鬱な意識の沼の底へと深く沈んでいる。現実を見なくていいように。

呼吸を吸うために意識を浮上させる度に、季節はひとつずつ過ぎ去っていく。


大学3年冬。


誰からともなくインターンの話をし始めて、エントリーシートの話をしないやつは潜在的犯罪者のような眼差しで見られるようになる。エアプするために『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』を読んでいたヤツが、『業界地図』にラインマーカーで線をひきながら読み始める。「缶のハイボールがおいしい」という情報量ゼロの投稿をしていたSNSアカウントは、「携帯料金に困っていないか」というアカウントに生まれ変わる。誰が誰と寝たとか、誰とは絶対に寝たくはないとかいう無意味な想定でしかない下世話な話しかしなかったヤツは、どの就職エージェントと面談してどのエージェントは良かったか話始める。

私だけがヘラクレスオオカブトが体長3mだったら最強の生物になるに違いないと考えている。いや、大型化したならオオスズメバチの方が強いに違いないと考えている。

就活以外のことを考えているだけで、明日にでも私は思考犯罪で摘発されるのではないかと思えてくる。ビックブラザーはあなたを見ている。企業人事もあなたを見ている。私だけが2分前に更新したばかりのツイッターのタイムラインをもう一度更新して見ている。


そんな風に外ではイキがっていても、家に帰ると誰にも見つからないように、中一のときに作った中二病全開のユーザーネームのGmailのアドレスで、リクナビとマイナビにとりあえず登録する。まずは、これで安心だ。今日はこれでゆっくり眠れる。


深夜。


義理で登録しているYoutubeチャンネルすらも見尽して手持ち無沙汰になる。「今晩はゆっくり寝るんじゃなかったのか⁉」セルフツッコミは一人だけの部屋に虚ろにこだまする。猫は静かに寝息を立てて眠っている。仕方ないから意味もなく度数の低いサワーをなぜかちびちびと啜りながら自己分析を始める。


第1問:「あなたはどんな人間ですか」


なるほど、私でもこの設問の意図はわかる。企業人事の好みにあったことを言えばいいわけだ。協調性、仲間と一緒に協力して、チームのために…。ダメだ、こういうことを自分の経験を拡大解釈して言うならまだしも、私には皆無の要素であるから、書いたら虚偽申告になってしまう。偽証罪に問われかねない。

しょうがないから、とりあえず思うままに本音を書いてみる。


「私は、威張り腐った無能だけが居心地の良いバカげた組織を破壊して健全な組織に再生するスクラップアンドビルドが得意な人間です。」


これはヒドい。二重にイキっている。まず、内容がイキっている。次に、イキった内容を馬鹿正直に書いてしまう心性がさらにイキっている。最後にスクラップアンドビルドなんて横文字を入れてみるあたりがさらにイキっている。イキり具合をポーカーにしたら、フルハウスで上がれるぐらいイキり散らかしている。ネットに晒されて炎上しても文句は言えない。


「イキり告発サイト・イキリークスに元CIA職員が暴露、政府は国民のイキりを監視している!!」

ネットニュースのタイトルに煽り立てるような文句が並ぶ。スゴい事件が起きたものだ、私は画面をスクロールをして記事の続きを読む。

「情報流出したのは、イキる以外できることのない底辺大学生!」

その下にあるのは私の顔写真。しかも、高校最後の大会に向けて坊主のときのヤツだ。晒すにしても、なんでもっといい写真にしてくれなかったんだ!コメント欄は罵詈雑言の嵐。イキった大学生は叩き潰していいと世間が認めれば、もう炎は生贄を燃やし尽くすまで燃え続ける。画面の前で私は体中の
汗が引いていく感覚を覚える。


目が覚める。


気がつくと、机に突っ伏して寝ていた。夢だと安心して一息つくと、東の空が白み始めている。時だけが無情に流れていく。また夜明けをひとつ向かえるごとに決断の時が迫りくる。意味もなく10年前のカニエ・ウエストのアルバムをジュークボックスで流す。

「逃げよう。」

私は留学へ行くことに決めた。1年間のドイツへの流刑。これじゃまるで自分探しの旅みたいじゃないか。困ったことに、自分探しにも金がかかる。さらに困ったことに、自分を探したところで何も見つかるわけではない。私は何者でもない。ただ、どこにでもいる普通の才能のない大学生だ。


何者

「なりたかった自分になるのに遅すぎることはない。」
 ーIt's never too late to become what you might have been. 

ジョージ・エリオット(1819〜80)

私は何者でもない。仕事もない。肩書もない。経済力もない。彼女もいない。私は何者になるのだろうか。

この頃の専らの楽しみは、Youtubeで「ゆる言語学ラジオ」を聴くことだ。地元の友人に勧められて見始めて、全部の動画をひととおり見あさるぐらいハマった。ハマってみて出てきた感情は、彼らへの尊敬よりも嫉妬に近い感情だった。

こんなウイットに富んだ下らないことをしやがって。いい大人が全力でふざけやがって。

悔しい、悔しさが込み上げてくる。

知識とユーモアが結合したときの素晴らしさを私だって知っているはずなのに。全力でふざけることのの素晴らしさは全力でふざけたことのある人間だけが知っているはずなのに。コイツらに先を越された。それが正直な感想だった。


そうか、私はクリエイターになりたかったのだ。


小学生だったあの日。劣等生で十分だと、ひとりぼっちでも構わないと、あの時の自分の気持ちを、クソッタれな世界のために全部歌ってくれたブルーハーツになりたいと思ったあの日から、私は何も変わっていなかったのだ。

ジョーに憧れました。ジョーのようになりたいと思いました。ジョーのようになる。それは、彼の音楽やファッションを真似ることじゃなく、誰の真似もしないことでした。

ジョー・ストラマ―について/甲本ヒロト


たとえ無駄だとわかっていたとしても、未だ諦められない夢があったと気づく。自分が面白いと思うもので、人を楽しませてみたい。エンターテインメントを作ってみたい。他人から認められるコンテンツを作ってみたい。

かつて私が作った記事で一番で反響が良かったのが、「意識高い系がキライ。」という記事で、それでもせいぜい1000viewかそこら。それも全期間を通してやっとの数字。この記事を、Twitterで告知しても最初の24時間でせいぜい100インプレッションぐらいが多めに見積もっても関の山だろう。

そこで私は目標を設定した。短期目標というか最低目標として、24時間で10000view達成。長期の最高目標としては、フォロワー1000人を獲得してみたい。そしたら、まぁインフルエンサーの端くれぐらいにはなれるだろう。

目標から逆算すれば、執り行うべき手段は自ずと見えてくる。現状の予想view数の100倍の集客を見込みたい。今まで一番ウケた記事は、「意識高い系がキライ。」ならば、100倍の強度で意識高い系を叩きまくればウケるに違いない。早速だが、ハリセンを片手にオンラインサロン狩りに出かけることとしよう。

当然のことだが、ダスティン・ホフマンを100人用意して、レインマンを100人用意すれば、レインマンの感動も100倍!「レインマンズ!」とはならない。世の中はそこまで甘くないのだ。

結局、ありきたりな答えに落ち着く。継続は力なり。続ければきっと見えてくるものがある。週刊連載し続けることはできるのかという一抹の不安を感じながらも、挑戦してみたいという気持ちも昂ってっているのもまた事実だ。今できることをやるしかない。今できることと言えば、イキることしかない。


イキリ続けたヤツにだけ拓ける未来がある。



そうだとしたら最悪だと思いませんか?




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