見出し画像

【#4】留学先でやりたい99のこと(中編)

本日はサッカー編、勉強編、旅行編の3つ。早速ですが、本編へ。企画の趣旨説明を含め、前回の記事をご覧になってない方はこちら。

月曜更新という言葉は何処へ消えたのか。反省しています。

[31-40]地球はフットボールの惑星

31「6月までに競技復帰できるレベルまでリハビリする」

2021年11月の前十字靭帯再建手術を行った。そこから、競技復帰の目安となるのが、ちょうど半年後の5月中頃から6月になる。なので、6月中の競技復帰を目指してリハビリに取り組む。

冬前、手術を受ける頃までは、フットボールはプレイヤーとしてはもういいのかなと正直思っていた。6~8ヵ月のリハビリを終えて、プレーできる期間はせいぜい3か月かそこら。引退までにトップフォームに戻せる自信もなかった。

手術当日になっても、あまり競技復帰への覚悟は自分の中ではっきりしないまま手術台に歩いて向かった。鎮静剤で眠りにつくと手術は行われ、特に問題なく終わったらしい。手術を終え、歩けない状態になって、ベットに乗せられたままオペ室から出された。麻酔が抜かれて意識が戻っていく最中に、私は夢を見ていたことに気がついた。

鎮静剤のまどろみの中で、部活中にグラウンドで罰走をさせられる、そんな夢を見ていた。私は自分の中にフットボールへの未練がまだ残っていたことが急に嬉しく感じ始めた。ゴールを決めているとか、躍動したプレーをしているではなくて、結局グラウンド周りを走らされている。おかしいけれど自分らしいとも思った。

想像もしない形で自分の中のフットボールへの感情に気づいたので、私はなんだか興奮していたのだと思う。ベッド脇にいた手術室付きの看護師さんに気分はどうかと問われて、サッカーの夢を見てとてもいい気分だと伝えた。

聞かれてもいない話を始めた私に、親切にも女性の看護師さんは「今日は日本代表が試合らしいですね」なんて話を合わせてくれた。話題を合わせてくれているにもかかわらず、調子に乗ってまたも聞かれてもいない「森保さんは派閥人事で監督になったのであんま好かないんですよ」なんて口走った。すると看護師さんは機転を効かせて「医療の世界も派閥の論理なんですよ」と、大学病院らしい重みを感じさせる内容で話を合わせてくれた。

「『ブラックジャックによろしく』みたいな感じなんですね」と聞くと「そうなんです、あれは結構医療界のリアルなんですよ」と教えてくれた。そして、看護師さんは笑ないながら「ただ、あの漫画みたいに看護師はエロくないですけどね」と付け加えた。

オトコの妄想を決して許さないことが看護師さんの職業病であるように、私はグラウンドでたとえそれが懲罰だとしても走っていることが職業病なのだろう。もう一度ピッチの上を走ってみたい。そう強く感じた。

最近ようやく少しずつ走れるようになって思うのは、身体を動かすのは楽しい。元からさほど能力があるわけでもなく、フットボールをしていて試合に出ていい思いを沢山してきたわけでもない。だけれど、もう少しだけフットボールをしてみたい。できるかできないかは別として、やれるだけ準備しようと思う。

32「ヨーロッパで当たり負けないフィジカルを獲得する」

現地でプレーできるチームが見つかるか否かに関わらず、肉弾戦の戦闘能力を高めたい欲求がある。もう成長期のような無限の回復力を持った肉体ではないがゆえに、想像したくはない。再度怪我する可能性も十二分にある。そのときに、できるだけ後悔しなくて済むような肉体でいたい。

私の中でフットボールで一番好きな瞬間は、相手と激突する瞬間。互いの身体をぶつけ合うときにだけ、人と分かりあうことが苦手な私が人と心からわかりあえるそんな気持ちになれる。コンタクトプレーは究極のコミュニケーションだと思う。海を越えて、言語を越えて、文化を越えて、ヨーロッパで極東から来た私が心からお互いを理解しあうには、ぶつかり合ったときに相手に響くものがあるようなそんな筋肉が必要なのだと思う。

とりあえず寮の近くのジムに行く。

33「現地でプレーできるチームを探す」

現地でプレーできるチームが見つかれば、競技レベルでサッカーが続けられるかもしれません。ダメでも週末の草サッカーみたいなのには入れるようにしたい。だから、まずチームに溶け込めるようにドイツ語を勉強せねばならない。

34「現地の育成カテゴリーを見に行く」

育成カテゴリーの指導者やそれに類することをたくさんやってきたので、違う国の育成カテゴリーも見てみたい。

現状、勝利至上主義との批判も多い日本の育成年代に対して、勝敗より成長を大事にしたドイツの育成カテゴリーはどのような取り組みをしているのか。

現時点での私の仮説は、私のような指導者がたくさんいるというもの。私のような指導者というのは、口先では勝ち負けよりも経験から学ぶことが大事的なことを言っているが、内面では実は負けると悔しくてしょうがない指導者のことだ。そして、負けるのも悔しいが厳しく軍隊式の指導をして勝ってもしょうがないと考えているから、手を替え品を替え選手の想像を上回ろうとし続ける指導者のことだ。

35「現地で指導者ライセンスを取得する

私のような指導者が多い、という仮説は育成カテゴリーのたくさんのチームを見に行くことで検証ができる。しかし、時間と地理と人脈の点から検証として十分なサンプルを取得できるとは言い難い。

そこで指導者のひな形を提示している指導者ライセンス講習を受けることで、おおよそドイツで求められている指導者の資質や能力を知ることができる。

厚木vsドイツ。どちらが優秀な指導者かを決める戦いに参加するために、まずドイツ語を勉強しなくてはなりません。講義受けられるように。

36「現地で指導者経験を積ませてくれるところを探す」

現地で指導者ライセンスをとったことに飽き足らず、指導者経験も積みたいと考える。さすがに全部やろうと思うとオーバータスク気味な気もするけど、妄想なのでなんでも書いておく。

37「ブンデスリーガを見に行く」

ドイツに来たからには、生で観戦してみたいのが、ブンデスリーガ。ブンデスの「ブン」を森山直太朗の「さくら」の歌い出しぐらい爆裂させて発音したい。

距離的にはフランクフルトのホームゲームが近いと思われる。もしかしたら長谷部誠も観れるかもしれない。

38「プレミアリーグも見に行く」

ブンデスも見たいが、一番好きなリーグであるイングランド・プレミアリーグも見に行きたい。チケット代は高く、スタジアムグルメはグルメと呼べないイングランドかもしれないが、世界最高峰のリーグを生で見て見たい。できれば、ロンドンでアーセナルを見れれば最高。

39「W杯をスポーツパブで現地の人と一緒に観戦する」

留学が当初の予定よりだいぶ延期になったおかげで、留学がW杯イヤーとバッティングするという好運に見舞われました。これはもうスポーツパブで盛り上がりながら見るしかありません。

日本代表がもしもドイツ代表に勝とうものなら、その場で回りにいる人間全員煽り散らかしてみたい。リンチされて生きて帰れないかもしれないが、選手たちと同じように日本を代表して私も戦いたいのだ。

森保が嫌いなんじゃないのかよと思ったみなさんへ。正確に言えば、森保さんを選出した日本協会が嫌いなだけである。構造に問題があるだけで、現場の人間は頑張っていると思う。そう言い訳させていただきます。

40「ヘディングでゴールを決める」

ヘディングで点をとれるFWになるという大学入学以来の目標を未だ達成できずにいる。ドイツでダイビングヘッドをブチ込めたら、プレイヤーを未練なく引退できる気がする。私の選手としての座右の銘を下に書いておく。

「一生ダイビングヘッド」

[41-50]「勉強して、勉強して、勉強しろ」

ウラジミール・レーニン

41「英語で開講される授業を受ける」

現在、私は中学校高校の英語科免許を取得中である。英語科の教員たる者、どんなに英語の授業が下手でも「海外で90分の講義すべて英語受けてました」と生徒の前でイキりたいものである。実際は、何ひとつ発言せずに黙って座って留学生活をやり過ごしただけなのだけれど、すまし顔で誇ってみたいものである。

現実的な話をすると、実際私の英語運用能力は、おそらく英語で開講される学部レベルの講義であればディスカッション等に耐えきれないのではないかというのが正直なところ。

聞く話すという分野に関して言うと、大学の授業の一環で受けたスピーキングテストでは、発音・流暢さは標準レベル程度なのだが、文法規則の順守や語彙レベルに関しては初学者レベルとの判定。要するに、それっぽくしゃべってる風に見せる技能だけ持っている。言い換えると、実力不足が露呈するまで若干時間稼ぎする能力ばかりがある。

授業で使用するであろう英語文献等もスムーズに読めないのではないかというのが現時点での予測。なにしろ大学受験以来、私の学力は大きな進歩も見せていない中、唯一の勉強機会となるはずであった英語科免許取得条件としての英検受験を勢いで乗り切ってしまった。試験2~3週間前からの連続徹夜を頻繁に発動しながら、単語帳ローラー作戦と徹底した過去問研究で出題傾向把握に全力を注ぐことで強行突破を図ったのだった。そのツケとして、勉強した内容1ミリも覚えていないという形で、英語運用能力不足が私に突き刺さっている。

圧し掛かっている過去の負債はこれに留まらない。英語学習の鉄則とされている辞書を引くという行為を、若気の至りで馬鹿らしいと見下して習慣化しなかったことで、辞書を引くという行為そのものへの耐性がない。だから、基本的に辞書を引きながら英文を読むなんてことはできない。だって、コスパが悪いから。コスパの悪さが気になって内容どころじゃない。要は、辞書なしで読める英文か辞書ありで読めない言い換えるとか私には存在しない。

というか未だに辞書を持っていない。中学の時の英語の先生にまた怒られるんじゃないかと不安になる。不安なときはマリー・アントワネットの言葉を思い出す。

「辞書がないならDeepLを使えばいいじゃない。」

(一部の文章は東京都教育委員会の要請により削除されました。)

42「ドイツ語で開講される授業も受ける」

私がくだらないプライドばかりが高いのは、連載を読んでくださっているみなさんならば周知のとおり、ドイツに行ったんだからドイツ語で授業を受けるべきと考えている。ドイツ語を日本国内でロクに勉強していないのに、である。

わかっても、わからなくても良い経験になると信じて履修を組もうと思う。

43「予習と復習をする」

かつて『予習という病』という本があったが、予習が病なら復習も病に違いない。ならば、家庭外の学習は皆全て病である。ゆえに、この病を治すには根本原因である予習復習を断てばいい。ダイエットや健康法としてファスティングが流行る昨今だが、勉強もファスティングできる。

予習という病 (講談社現代新書) | 高木 幹夫, 日能研 |本 | 通販 | Amazon

というわけで最近、もちろんムスリムの皆様に十分な敬意を持ちながら、実践しているのが、勉強ラマダン。日の出から日の入りまでにありとあらゆる雑事、ウエイトトレーニングにランニングトレーニングやリハビリを済ませ、洗濯機を回して洗濯物を干し、買い物に行き晩ご飯を作り、日の入りと同時に勉強するというサイクルをこなしている。

と、ここまでが理論であるが、実際問題としては日が沈んでもタスクは山積しているし、日中の疲労は容赦なく襲い掛かるとあって、勉強が捗ったことはほとんどない。むしろ、週末が締め切りになっているこの連載の原稿の進捗は一向に進む気配を見せない。なんならまだ4回目なのに、期日を守れた試しがない。

というわけで予習・復習が大事かはわからないが、クリエイティブの仕事は朝に限るというのが教訓。この原稿を日曜の夜中にヒーヒー言いながら書きながら得た教訓。

44「キリスト教世界を学ぶ」

ヨーロッパの歴史とキリスト教の歴史は不可分の関係にある。つまり、ヨーロッパを知るにはキリスト教を深く知らなくてはいけないのだ。そこで、私はふたつの方法でキリスト教に対する理解を深めようと思う。

ひとつは聖書を読むことだ。聖書を読むことでキリスト教の考え方が良くわかるというのは間違いない。

もうひとつは、魚豊先生の『チ。―地球の運動について―』ごっこをして遊ぶことだ。なぜ合理的な地動説が退けられ、天動説を人々を虐げてまで護持しようとしたのか。その理由は自ら演じてみればわかるものである。というわけで現地で私と共に劇団をやってくれるメンバーを募集します。条件としては、地動説が好きな方を積極的に採用します。よろしくお願いします。

45「ドイツ史も学ぶ」

その土地の一員になりたいなら、その土地の歴史を学びなさい。

これは、私がいまつくった言葉だ。

多分それに似た言葉はあるのだろうが出典を探すのもめんどくさい。

でもその土地の歴史は学ぶ必要があるには確かだろう。

46「日本の良さを説明できるようになる」

海外に行って苦しむことのひとつに「日本の良いところ・好きなところを教えてくれ」と言われたときに、「日本に良いところなんてあるか?」とメタ認知が暴走することがある。

かつてエジプトに行った際に、日本財団の国際交流センターで現地の日本語学習者と交流したときも同じ質問を受けた。まぁ、日本の良いところと言えば、週末に温泉入って飲む一杯の酒こそが、日本でいきるすべての人にとって最高な瞬間だろと思い、温泉をプレゼンするが全くウケが良くない。なんだか日本人全体が失望されているような気がしつつも、今度はエジプト人の日本語学習者の発表を聞く番に回る。

一番日本語ができるクラスとあって、日本語が非常に流暢なのだが、それ以上に文化圏の違いに衝撃を受けた。皆一様に、エジプト人の良いところはやさしい人が多いところだ、と話し始めるのだ。街で困っている人がいれば助ける、老齢の方がいれば荷物は持ってあげる、ラマダン期間中の仕事帰りはお腹を空いている人のために食事を振舞う等々と国民性の話をしてくれた。

そして、ひとりの壮年の日本語学習者の男性は、ユーゴスラヴィア紛争でPKO派遣された、名も知られていない兵士こそがエジプトの誇りであると話してくれた。その兵士というのは戦地で強姦に及ぼうとしていたチェトニックを止めるために行動し、命を失いながらもその女性を守ったという話をしてくれた。

正直もう頭が上がらなかった。

風呂入って飲む酒は最高だぜ、と言おうと思っていたけどそもそも彼らはムスリムなのでアルコールが飲めなかった。何の文化的配慮もない説明をしようとしていることに直前に気づいた私と素晴らしいエピソードを用意してきた彼。

安っぽいヒロイズムの愛国心ではなくて、自らが生を受けた国への確かなリスペクトがないことが恥ずかしかった。日本から強制的に隔離される留学だからこそ日本の良さを説明できるようになりたい。

日本の良いところを説明するのは難しい。先日も語学コースの授業で、自分の出身地の都市を紹介しようというので、新宿駅がホームが腐るほどあって人がゴミのようで最高にカオスだよというプレゼンをしたら、パトリックに「他に風光明媚なところとかないのか?」と聞かれた。「いや、東京は最高にカオスな都市だからそんな場所はないよ」と言ってしまった。また、日本の良さを見つけるところから失敗してしまった。

説明しておくと、パトリックというのは語学コースの先生。2週間経ってパトリックとは違う先生になってしまった。寂しい。ボルシア・ドルトムントのファンのパトリック。出身地の都市の次には出身国の有名人を紹介しようという課題で、ドルトムントにいた香川真司のスライド作ってきたらノリノリだったパトリック。

というわけで現状、私が思う日本の誇れるものは香川真司だけ。もっと見つけていきたい他の香川真司を。あ、日本の良いところか。

47「自分の拠り所となる分析理論を見つける」

少し話の毛並みが変わるが、今年成し遂げたいことのひとつとして、卒論を書くにあたって自分がメインで用いる社会学の分析理論と出会う必要がある。

現状、卒論を執筆するにあたっての課題が何点かある。以下に列挙しよう。まず、私の研究内容は東日本大震災からの復興の研究である。特に宮城県気仙沼市を研究地に据えて研究を実施しようと考えている。

そこで、まず必要になるのが「なぜ被災当事者でない私が震災復興研究を行うのか」そして「研究によって何を明らかにしようとするのか」という問題意識である。この点については、さらなる精査が必要ではあるのだが、果たしてドイツにいて震災被災地に想いを馳せて着想を得られるのかという点は若干気になる部分である。ゆえに、問題意識の精査はまた調査地へ行くまでに完成すればいいと考え、明確に期限は設けない。

次の段階では、問題意識に沿って収集される一次資料が必要となる。一次資料というのは、敢えて大雑把な言い方をすれば、自分の足で稼いだ情報のことである。アンケートにせよインタビューにせよあるいは別の手段にせよ、留学中には基本的に取材は行えないので帰国後に行うしかない。

そして、一次資料を収集した段階で必要になるのが、それらの材料をどう調理するのかということである。調理方法に相当するのが、分析理論である。分析理論によって社会の切り口が違うので、当然分析によって社会の見える部分と見えない部分が発生してくる。

この分析理論に出会うことが、社会学を学ぶことを目的にドイツへ留学する私の、ドイツでの一番重要なミッションである。

というわけで社会理論とのマッチングアプリを早速ダウンロードしようと思う。一番気の合う分析理論と出会う日を心待ちにして。

48「現地の学校を訪問する」

なんとなく我々は日本の学校教育を批判するときに、ヨーロッパではもっといい教育をしているに違いないという、明治以来抜けない鹿鳴館精神を持ち合わせているが、本当にヨーロッパの教育は優秀なのでしょうか。

少なくともどのヨーロッパの国にもGDPでは負けていない。(ひとり当たりGDPでは負けるが。)本当にあいつらは偉いのでしょうか。

そんなもんは自分の目で見るしかありません。なので現地の大学より前の教育段階の学校に突撃訪問して実際この目で確かめてみたい。もちろんアポはとりますよ。

49「現地の日本人学校を訪問する」

バンコク、カイロ、イスタンブールと日本人学校を見てきた私にとって、海外に行ったら日本人学校にも行くということにある種の義務感を感じ始めました。(日本人学校に行ったよ、という昔の記事はこちら)

なので現地側が受け入れてくれればの話ではありますが、日本人学校を訪問したい気持ちは強くある。もちろん、コロナの問題もあるので部外者を受け入れてくれるかという問題はあるが、それがクリアできれば是非ともヨーロッパの日本人学校も見て見たい。

カイロ日本人学校の衝撃イベント・ピラミッドマラソンを越える学校行事に期待。

50「強制収容所の遺構を見に行く」

「戦後は続くよどこまでも。だから、諦めろっていうんですか。」
矢口蘭堂/『シン・ゴジラ』

『シン・ゴジラ』の劇中で突如差し込まれるこのギャグの、場での違和感そのものが諧謔味を持っていて、その下らなさよりも何か深く考えさせられるような気がするのは庵野秀明の手腕なのだろうか。

終わらない戦後に生を受けた私たちにとって、ついに80年前になるあの戦争についての責任を問われることは、どうも実感の埒外にある。戦争責任に関する言説で頻出する、ドイツはナチス政権時代の過去を贖罪し続けているということは結局のところ、どのようなことなのかこの目で確かめてみたい。

ドイツ国内に数ヶ所、ポーランド国内に数ヶ所ある強制収容所の遺構を見ることなしに、日本に帰国してなお戦後を論ずる資格があるのか。

[51-60]書を捨てよ、旅に出よう

寺山修司スタイル

51「ヨーロッパ10ヵ国制覇する」

もう大学4年になるというタイミングでの留学出発となったが、実は企図し始めたのは大学1年の秋。感染症の世界的流行なぞという理由で、1年半も出発が伸びるとは想像だにしない私は、当時の指導教員に協定校留学申請の推薦書に一筆認めてもらうために研究室へ挨拶に向かった。

何を勉強しに行くのか、ドイツ語はできるのか、などなどいくつか問答が待ち受けているのだろうと身構えていた私は拍子抜けさせられた。

「大地はドイツ行くんだね。じゃあ、すごい推薦すればいいネ」

何ひとつ聞かれることなく推薦決定。しかもすごく推薦決定。留学ってこういう風に決まるものなのか。後にすぐ学生に借金を勧めるという評を小耳にはさむことになる、陽気にその指導教員は続けた。

「じゃあ、大地は親に頭下げて借金してヨーロッパ全部回るといいよ」

卒論の専攻分野の関係でゼミを選び指導教員ではなくなったが、推薦してくれた当時の指導教員に義理立てする意味でヨーロッパを回ろうと思う。とりあえず10国。

52「ヨーロッパ21ヵ国完全制覇もする」

10国リストアップしようとしたのだが、当然10で収まるわけもなく結局21にもなってしまった。こんな夢を見られるのもユーロのおかげである。通貨をちまちま変えなくていい。マーストリヒト条約万歳。シェンゲン協定万歳。

イギリス、オランダ、ベルギー、ルクセンブルク、スペイン、ポルトガル、スイス、イタリア、オーストリア、ポーランド、デンマーク、チェコ、スロバキア、ハンガリー、クロアチア、ギリシャ、ブルガリア、ノルウェー、スウェーデン。

さすがに自分で書いていても金銭的に無理だろとは思うが、イタリアは10年前にトレビの泉にコインがちゃんと入っていればもう一度いけるはず。

53「歩いて国境を超える」

まず、ベネルクス三国は歩いて国境を越えてみたい。それにサンマリノにモナコとリヒテンシュタイン。バチカンは行った経験があるのでいいかな。かつてエジプトに行く際にスーダンとリビアとの直線国境を歩きながら「直角!」とやってくれというオーダーをしてきた、縮尺の概念を持たない友人がいた。だがヨーロッパなら歩いて国境を越えられるのだろう。はい、国境越えたーという経験をしてみたい。

54「夜行バスで移動する」

夜行バスで移動もしてみたい。夜行バスのメリットは安いこと。ポーランドやチェコスロバキアなどの旧共産圏へ夜行バスで飛んでいきたい。チェコスロバキアは存在しませんね。チェコとスロバキア。ハンガリーにブルガリア。プラハとブタペストは絶対に行ってみたい。きっと美しい街なのだろう。

キングオブ深夜バスはかた号と並んで、ワルシャワ号とかないのでしょうか。ヨーロッパでサイコロの旅をやれという要求は残念ながら受け付けられません。

55「鉄道で移動する」

鉄道で移動する。電車とはロマンである。撮り鉄でも乗り鉄でなくても電車は楽しい。なぜなら幼少期にプラレールを経験しているから。分岐線を見るのも楽しいし、パンタグラフを見るのも楽しいし、車両の連結も楽しい。ドイツからフランスへ、そしてスペイン、ポルトガルへと。そして、世界の車窓から音のソノリティへの黄金コンビネーションを勝手に撮る。いいよね、あの枠の短い番組。社会の隙間でそっと生きる、音のソノリティみたいに将来は暮らしたい。

56「自転車でも移動する」

日本にあった自転車は、昨年末の事故で大破し、もう二度と乗れなくなってしまった。大阪まで行った思い出の自転車、大学まで通った思い出の自転車はピザハットのバイクとぶつかってぺちゃんこにおられてしまった。その上、留学前までに示談を終わらせようと奮闘したものの、結局東京海上日動からは一文も取れずなんなら向こう側の修理費用を要求してくる厚かましさ。保険は入っておくべきものだけど、保険会社とは醜い生き物だなとしみじみ。結局自損自弁で決着し一文も取れずに出国の時を迎えた。数度のカスタマイズを経た私の自転車は逝去なされたまま。

だけれでも自転車への情熱は無くなったわけではない、むしろまたロングライドしたいという思いは高まるばかり。自転車でドイツ国内をあまねく走破してみたい。

57「高速道路を運転してみる」

実は先日、運転免許の更新期限が留学中に切れるので免許更新に行き、ついでに国際運転免許証も取得した。こうなったらもうアウトバーンをかっ飛ばしてみたい気もするし、左ハンドルは怖い気もする。

58「ここをキャンプ地とする」

ヨーロッパリベンジより

いや、きっと私は車で旅に出るに違いありません。そして、宿を探すよりも食欲を優先して、夜中に何もない道路端に車を止めて叫んでみたい。

願わくば企画の立案のボク以外に、笑い声がでかいディレクターとタフなカメラマンとまたしても何も知らない友人ができることを。

59「現地の軍事博物館へ行く」

ヨーロッパには素晴らしい美術館や博物館の類が数えきれないほどある。だが、あまりそれらの場所に行くことに気分が乗るわけではない。

ひとつは、美術史などへの教養がなく審美眼も鍛えられていないので、いまいち楽しめないことが多い。

次に、そういった美術館等の観光地はとても混雑していることが多い。もちろん、現在はコロナの影響で混雑等は緩和されているのかもしれないが、人の波に呑まれてまで見たいとも思わない。

そして、私が天邪鬼なのもあるので一般に良いとされているものを見に行くのは癪なのだ。

これらを踏まえて出される最良の結論は、現地の軍事博物館をめぐることだ。兵器は美術品と違い素人でも強そうか強くなさそうか一瞬で判定できる。ミリタリー知識を得ることで倍楽しむことができる。また、軍事博物館は基本的に混まない。むしろ、閑散としている。だけれど、軍事予算から作ってるので展示は綺麗で清潔に保たれている。

なによりミリタリーオタクの端くれである私は軍事博物館はテンションが爆発する。かつてエジプトでソ連製兵器を見て感動したが、ドイツ製戦車が見れるとなれば私は死んでもいいかもしれない。

60「EU圏外の国へ行ってみる」

EU圏外の国へ行くというときに最も容易なのはおそらくブレグジットをしたイギリスであろう。しかし、私のこの目標の趣旨はそんなものではない。

旧社会主義諸国を見て回りたいのだ。まだ、EU加盟に行ったってないヨーロッパ諸国。

などということを昔から考えていたのだが、それもどうも厳しそうである。昨今のウクライナ情勢を鑑みるに、安易に東ヨーロッパへ行けなくなってしまった。まずは、一刻も早いウクライナ情勢の安定を願います。


(後編へつづく、この企画ハードすぎる...!)


よろしければサポートをお願いします。みなさんのサポートで、現地で糊口をしのぎます。