本当に、話すことが嫌いでした。

以前、「バランス」についてお話をしました。


社会においても、家庭でも、自分の心の中でも、「バランス」を大切にしています。
調子が悪い時はどちらかに天秤が傾いている時です。


今回は、stand fmを始めたことで、すごく嬉しい気持ちの変化を感じたので、ここに記しておきます。

私には、「受け容れてしまう」ところがあります。

身の回りで起きていること。
近くにいる人の感情。言葉。

スルーすることはできるんですけど、
自分の中に一度受け容れたうえで「スルーしよう」と思わないとスルーできないのです。

この感じ、伝わっているかな。

学生時代は向けられた言葉について裏の裏まで考えてしまったり、真意を読み取ろうとしてしまったり。
私に向けられていない言葉に対しても、心の中で「私はそうは思わない……」等と意見を述べていたり。しかも、無意識に。

すごく生き辛かったので、スルースキルを高めるために試行錯誤して、今では、もう半ば強引に、スルー!スルー!と言い聞かせてなんとかしています。

身の回りの色んなことを受け容れてしまう。
そんな私は、受け容れたものを吐き出さなければ「バランス」が取れません。
だから、吐き出す場所をいつも探していました。

言い足すと、"ネガティブな受け容れたもの"に限らず、"ポジティブな受け容れたもの"も、出したくなります。
大人になるにつれて嬉しかった出来事を「いちいち人に自慢するものではない」みたいな、謙遜に近い自制心が働くのが当たり前になりつつあります。
だけど、小学生の頃、家に帰って母親に「今日あった嬉しいこと」を話し続けていたように、吐き出したいなと思うのです。

話を戻します。

さあどうやって吐き出そう。

友達や家族に話す?

たまにはいいけれど、本当に疲れている時、人と会話をするともっと疲れてしまうこともあります。
それに、私の個人的な話を聞かせるというのは、その人の大切な時間を奪ってしまうようで、私にとってはあまり気持ちいいものではありません。

日記?Twitter?

私の場合は、自分の感情が文字という形ではっきり目に見えてしまうので、ネガティブな感情のときはさらに増大してしまうこともありました。
それに、紙とペンが入りますよね。
やっぱり、話したい。声に出したいのです。


stand fmは私のアウトプットに最適なツールでした。

スマホひとつで、声で残す。そして聴きたいと思ってくれた方にその声が届く。

私の声が育児中のお母さんや、妊婦さんに届いたらいいな、と少し思っています。
田舎で暮らす魅力を感じていただけたらな、とも少し思っています。

でもそれはちょっとした願いであって、本当は「私自身のバランスをとるため」に収録をしています。

たった5分前後、スマホに向かって話をして、その声に気持ちを乗せるだけで、ここまでバランスが取れるんだな、と自分のことをまたひとつ知りました。

話すことが苦手だと思っていました。
会社の朝礼で話すのも、毎朝かなり憂鬱でした。
だけどそれは、自分の素直な気持ちを話していなかったから。
会社や上司が求めるトピックを、誰からも突っ込まれないように組み立てて、細かい言葉遣いまで考えて話をしていたからです。

私、本当は話すことが好きなんだなと、気づかせていただきました。

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