読書のリズム
いつからかだろうか、読書が好きだった。
とくに東野圭吾や辻村深月、伊坂幸太郎などが私の青春を形づくっている。
(この青春を形づくった本って、いつの間にか読まなくなっているなあと思います、でも胸の奥で燃えていて大事にしている感覚はある、この現象に名前はついているのでしょうか)
東野圭吾の『白夜行』を読んだあとにはその鉛のような重苦しい空気からあえて抜け出したくなくて、つぎに読む本も暗く軽くないものを選んでいた。
反対に辻村深月さんの『スロウハイツの神様』のようなじわっと胸が暖かくなる本のあとに、絶対に『白夜行』は読みたくない。
こんな風に自分なりに読書のリズムを作りながら日々過ごしていたのだが、最近ふとこれは何かの感覚に似ていると感じた。
ジャンクなハンバーガーを食べたつぎの日には、大戸屋で自分がヘルシーだと思う和食を食べたいなと思う感覚だ。
ジャンクなハンバーガーを食べたのになお、さらに小麦を摂取した時期もある。
私にとって食事と読書は近しい。生きるために食べる、食べるために生きる_生きるために本を読む、本を読むために生きる。だから食べたい読みたいと思う感覚は大切に、大切にしたい。
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