見出し画像

四十代にアフタヌーンティーは重過ぎる

 ヌン活という言葉は、好きではない。
 アフタヌーンティー活動。
 そもそも、『推し活』から来た言葉だろう。
 アイドルやアニメなどの自分の『推し』のイベントに参加したり、身の回りや部屋を飾ったりする活動のことだ。
 私も、アイドルのコンサートなどには足しげく通ったものなので、気持ちはわかるが、最近の『活動』は度を越している。
 そもそもこの活動は『最高の状態の私』で『最高に楽しむ』という意味合いが含まれるらしく、実際、私が体験した現場では、倍率がとても高くそもそも入手が困難だったチケットを手にしていたというのに、応援するためのペンライトが売り切れだった子がいた。この子が、
『せっかく来たのにペンラがないなんて、来た意味がない。これじゃ、来なければよかった』
 と言っていて、世界の狭さに愕然としたものだった。
 そもそも私は、コンサートを『応援する』ということも、ハッキリ言ったら意味が分からないが、『私が思い描く形』が実現することが、この子たちの最優先なのだなというのを知ったし、そのために、多々トラブルも発生しているのを見ると、マナー以前の問題だと思う。
 というわけで、『〇〇活』という言葉に対して、抵抗があるのだ。
 あくまで『最高な状態の私』が主体で、おそらくそれは『どこかで見かけた』もので、他人の真似に過ぎないものなのに『私が思い描く形』を何としてでも実現しようとする、狭量さを含んだ単語に思えるからだ。

 さて。
 ヌン活という言葉は苦手だが、誰かに話しをする時、現在『ヌン活』という言葉は、通りが良いので、話しやすい。
 ヌン活という言葉を知らない人に対しては『知らないんですか、流行ってるんですよ』とでもいえば、高額のお茶を楽しむことに、特に、文句を言ってくるやつも少なくなる。(別にその人にお金を出してもらうわけでもないのに、誰かが高いお金を出して何かをすることに対して、非常に批判的な人間というのは、一定数存在する。)
 かくて、私もいそいそとヌン活へ向うこととなった。
 まずは、銀座三越の『ラデュレ サロン・ド・テ 銀座三越店』。
 ラデュレと言えば、マカロンで有名なフランスの洋菓子店。コスメティックや、小物も取り扱っているけれど、ここの内装のかわいらしさと言ったら、全乙女のあこがれと言っても過言ではないことだろう。もちろん、乙女心を持つ方であれば、身体性別男性でも。
 パステルカラーをベースとした、かわいらしい雰囲気とは打って変わって、ティーサロンの方は落ち着いた雰囲気。壁紙はラデュレのミントグリーンをベースにしたかわいらしい感じのものだったけれど、ライトグレーのベルベットの椅子とスツール。こげ茶色の木製のテーブル。百貨店の中の店舗だったけれど、ふんわりしたカーペットが敷かれていたと思う。
 予約サイトから予約をして、案内されたのは銀座四丁目の交差点を二階から見下ろす特等席。
 窓際には、黒いスチールで出来た飾り窓。
 コースターにはラデュレの『L』がプリントされていた。
 ウェルカムドリンクとしてシャンパーニュが選べるのがリッチ……だったが、相方はアレルギーでシャンパーニュをのむことができず、私も、車で来ているのでシャンパーニュは断念。
 代わりにソフトドリンクをシャンパンフルートに入れていただく。
 ほどなく用意されたのが、白いパフェ。
 こちらも相方はアレルギーの為に食べることが出来ないので、私が二つ頂くことに。内容は忘れてしまったが、ストロベリー系のジュレとアイスクリーム、それにたっぷりの生クリームがホイップされたパフェだった。こちらは、今回のコースでしか食べることが出来ない品だったと思う。ホリデーシーズンだったこともあるだろう。
 ケーキとセイボリー、それにマカロン。
 ケーキはラデュレのショーケースで売られているケーキのミニサイズのモノを自由に選ぶことが出来たので、私はフレーズ(苺)のものにした。ラブリーな苺の形をしたケーキなのだ。ぜひ、『ラデュレ 苺 ケーキ』で画像検索を掛けてみてほしい。
 セイボリーは指でつまめる程度の大きさのものが4つ乗っていた。リエットを入れてマッシュポテトを絞って飾ったタルト、パートフィロか何かで巻いたクリームチーズとサーモン、星の形をしたパイ仕立て(赤いものを挟んであったのだけれどそれが何か忘れてしまった)。それにローストビーフ的なお肉の薄切りを使って綺麗に薄く切ったキュウリを飾ったピンチョス。
 どれを食べても完璧においしい。
 ドリンクは、紅茶を選んだが、フランス風であれば、ショコラを頼むのも良いと思う。(その場合は、ケーキを一つだけにすると良いと思う)
 こってりとしたカカオ分高めのホットショコラで、日本のココアを想像していると、かなり甘さ控えめで苦いと感じる人もいるかもしれない。濃厚で、おいしい。パリのラデュレ本店では、朝食のセットでペストリーやクロワッサンと一緒に飲み物として選ぶことが出来る。大きくてパリっとしたクロワッサンをショコラに浸して食べるフランスのお兄さんを、YouTubeで見かけたことがあるが、素晴らしくおいしそうだった。
 こちらは、ぺろりと平らげて、お腹もしっかり満たされたが、苦しくて助けてくれということはなかった。
 ここで、我々は、成功体験をしてしまったのだ。
 つまり、『私たちは、まだまだ、アフタヌーンティーなんて、余裕!』という謎の成功体験を。

 成功体験で気を良くした我々は、コラボの都合で、スイパラなどにも行ってみたいと思いつつ、結局、スイパラには行くことができないでいたものだが、先日、思い立って、地元でアフタヌーンティーをすることにした。
 もともと、別の推し活(というほど推しているわけではない)を予定していたが、帰り道が帰宅困難になりそうな予感があったため、急遽断念して、地元のホテルのアフタヌーンティーを予約したのだった。

 11月は、コスメティックブランドのロクシタンとコラボレーションしたアフタヌーンティープラン。
 ロクシタンと言えば、南仏プロヴァンス地方のコスメティックブランドで、たいていどこの百貨店でも出店しているから、どこでも購入できるイメージがある。ハーブなどの素材を使った、薫り高い商品展開が魅力のブランドだ。
 水戸には茨城県で唯一の百貨店があるが、ここにも出店している。
 もっとも、店舗展開を加速する前は、主要都市にしかなかったので、ロクシタンと言っても、わかってくれる人が少なかった。
 職場の先輩に「何を使ってるの?」と聞かれて「ロクシタンです」と答えたら、「私、中国のは使わないからww」と笑われたのを思い出す。六紫檀とでも思ったのだろうか。ちなみに、美容系の雑誌には情報が掲載されているし、東京の百貨店では購入できた時代だったので、ご自身の無知を棚に上げ、他人を落とす発言をしたあたりで、この先輩の性格の悪さが露呈しているが、そのくらい、ロクシタンが一般には浸透していなかった頃なので仕方あるまい。なお、件の六紫檀の方は、その後、ロクシタンのハンドクリームを常用されていた。
 それはさておき。
 ホテルの中庭に、カフェテリアがあり、アフタヌーンティーはそこで食べることが出来る。
 たくさんの観葉植物が青々と茂っていて目隠しになっている為、他からの視線は気にならない。中庭から見上げると、ホテルの客室の通路が見える。窓枠には黒いスチール製の柵がついていて、フランスのアパルトマンを彷彿とさせる。アイボリーの外壁と黒い柵の対比がそう思わせるのかもしれない。
 カフェテリアには先客がいた。
 高齢の白人女性たちが、英語で会話をしながら、ティータイムを楽しんでいた。こちらはアフタヌーンティーではなく、パフェを召し上がっていた。笠間の栗を使ったメニューだっただろうか。
 茨城は意外なことにフルーツが良く採れる。
 梨に林檎、葡萄に栗、メロンなどは特に全国的に有名だ。
 葡萄などは、外には出回らない希少品種もあるし、干し芋も名高い。小京都として有名な川越で、お芋のスイーツ屋さんに積みあがっていたのは、茨城県産のさつまいもだったのを思い出す。
 パラソルの付いたテーブル席に通されて、説明を受ける。
 ウェルカムドリンクで、ノンアルコールのドリンクが提供されたが、これも、相方はアレルギーで飲むことが出来なかった。
 ザクロのシロップにパイナップルジュース、そしてソーダが注がれたドリンクで、さわやかな味わいだった。
 そして、紅茶が運ばれる。私はアールグレイ、相方はイングリッシュ・ブレックファーストだった。
 紅茶はあの『紅茶館』とは比べるべくもない。まずいわけではないが、なんとも、薄い味わいで、『ちゃんと淹れた紅茶』を知る身としては、少し残念な出来栄えだった。
 その代わり、スイーツはたんまりと盛られていた。
 小さなウッドプレートに乗った、ハーブの香りが豊かなスコーンには、ロクシタンの名品シアバターの瓶に入れられたイチゴジャムと、やはり、ロクシタンの代表的アイテムであるハンドクリームの容器に入ったマスカルポーネと杏子のクリームが添えられる。ロクシタンカラーの紙ナプキンも敷かれていた。
 ケーキスタンドは三段。
 最上段にケーキ。オレンジの飾られた柿とラベンダー風味の生チョコレートの入ったショートケーキ、シトロン風味のブールネージュ、風味豊かなアーモンド生地でサンドしたバタークリームのケーキ、ラベンダー風味のチョコレートのムース、柚子と金木犀の風味が豊かなカシスとブルーベリーのジュレ、薄い生地でピスタチオクリームをサンドしたケーキの六種類。
 フランスの伝統菓子や、ロクシタンの製品をイメージしたケーキがずらりと並ぶ。
 二段目には焼き菓子とフルーツ。アーモンドやナッツの風味が豊かなクロッカン、ラベンダー風味のバタークッキー、柑橘フレーバーのグラスが掛かった焼き菓子カリソン、サワーチェリーの入ったマカロンタルトそして、フルーツの盛り合わせ。こちらは風味ゆたかな焼き菓子ばかり。フルーツは季節だったのでシャインマスカットやブルーベリー、マンゴー、それにフランベしたリンゴ。どれも状態が良いし新鮮なものだった。新鮮なフルーツは、心身ともにリフレッシュさせてくれると思う。
 三段目は、サラダとサンドウィッチ。ドレッシングは、バジルとオリーブオイル。
 サンドウィッチは少しパッサリした食感だったけれど、ケーキがたくさんあったので、オアシスのような存在だった。
 つまり、スコーン二種類、ケーキ六種類、焼き菓子4種類、フルーツ盛り合わせ、サラダとサンドウィッチという、きれいなケーキスタンドに隙間なく詰め込まれた、夢のようなアフタヌーンティーセットであった。
 そしてホテルメイドのスイーツは、どれも、丁寧に作られていて、素晴らしくおいしい。一つ一つ、風味が豊かで、一口ごとに幸福なのだ……しかし、我々は、四十代。脳がもっと食べたいと訴えても、体がついていかない。
 途中、サンドウィッチやサラダを食べてリフレッシュするものの、どうしても、甘いものになると、食べるスピードが落ちていく。
 けれど、この素晴らしいスイーツを、全部食べたい。
 ためらった私の頭の中に、ふと、とある方のインスタのポストを思い出した。
 その方は、パリのホテルリッツという、世界有数の素晴らしいホテルでご投宿されていた。ホテルリッツといえば、ココ・シャネルが住んでいた場所としても有名だろう。内装も素晴らしく、豪華絢爛。ティーサロンも、お城に招かれたような素敵な場所で、そこで、お茶を楽しんでいらしたようだ。そして、出てきたのが、たくさんの種類のケーキたち。
 そしてその方は、すべて食べたい、というのをかなえるために、全部、一口ずつ召し上がったとのこと。
 食べ物は残さない、全部食べる……というのは、日本人ならば一度は教育されていると思う。
 わたしも、だから、そう思っていたのだ。出された食事は全部食べ切るというのを。そして、お腹がいっぱいになって苦しくなっていたのだった。
 けれどその方は違った。
「全部食べたい」と「食べ過ぎたくない」を、ちゃんと、両立されていたのだった。
 
 そして私も、その方に倣って、「全部食べたい」と「食べ過ぎたくない」を、両立してみることにした。
 結果としては、ケーキも、焼き菓子も、半分は一口だけしか食べることが出来なかった……が、そこは大食いコンテストではないのだから、あきらめることにして。
 結論としては、四十代にアフタヌーンティーは重過ぎるということだ。
 健康的に食べられる分をおいしく。
 これが一番なのだろう。
 けれど、それにしても、欲深な私はこう思う。
 世界中のおいしい料理を、すべてつまみ食いしてみたい、と。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?