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「もっと働けたのに、なぜ虐待したのか」連合国元捕虜が問う、日本軍虐待の不合理さ

今日はずっと待っていた本の紹介。2018年、NHKのラジオ深夜便で、ある番組がありました。

当時のツイートです。音源そのものは今ではもう聴くことができないのですが、英国人捕虜に対してインタビューを重ねてきた日本人女性研究者が語る内容で、4年前も大きな反響がありました。

今回その内容が、ラジオに出演した日本人女性研究者である岡山大学の中尾知代准教授によって書籍にまとめられました。まとめたと言うよりは、ラジオ番組ではほんの一部しか触れられなかった内容を、何十倍何百倍という深さと密度で書籍化したと言えるかもしれません。 

大学教授の本だから難しいのではないか、日本人は反省せよという政治的メッセージばかりになるのではないか、と敬遠しそうになる人もいるかもしれませんが、4年前のラジオ放送にツイッターで多くの反響があったように、強烈に人を惹きつける内容になっています。

留学生時代、ウェールズの食堂でサッカーの試合を眺めていた筆者に、2人の老人が義眼と義足を見せ、「あなたの国との戦争で、私たちは目と、足と、そして職を失ってしまった」と言い残して去る。そこから著者の研究が始まります。この書籍に書いてある内容を要約するのは難しい。内容が難解であるからではなく、一章ごと、1ページごとに一冊の本になりそうな捕虜たちの回想と、著者の記録が次々と語られるからです。

捕虜たちは単に日本軍の扱いが過酷であったことに怒っているのではなく、それがまったく無意味な残酷さであったことの不可解さに悩み、苦しみ続けています。この記事のタイトルにある、「ちゃんと扱えば私たちは捕虜としてもっと働けたのに、なぜあんな虐待をしたのですか?」という問いはその象徴かもしれません。

でも私たちは、その問いに対する答えを実は知っています。適切に休ませれば働けるのにぶっ通しで働かせて死なせてしまい、結果として労働効率が落ちる、連合軍捕虜たちが苦しむその奇妙なその不合理さに私たちはものすごく見覚えがあります。それはインパール作戦で日本兵たち自身が経験した日本軍の不合理さであり、連合軍捕虜への虐待は何よりもまず日本軍内部でのいじめやしごきとして日本兵が経験しているものであり、そして戦後社会で、私たちがいまだによく見るものであるからです。

この本は3400円と決して安くはない本ですが、その内容はものすごく濃密です。日本人を憎み、娘が著者に挨拶をしただけで激しく怒るような人々と著者がどのようにコミュニケーションを重ねていったか、アジア諸国とは違い、英国やオランダの場合には捕虜たちが植民地支配者であったという側面も持つこと、原爆や天皇に対する日本人とはまったく違う激烈な感情、日本人男性研究者の「あなた方も原爆について反省を…」という不用意な発言に対して激昂した女性クレアが、著者の中尾知代(クレアからトミーという愛称で娘のように愛されていた)を指差して「日本軍のせいで教育を奪われたのよ。戦争がなければ私だって彼女(著者)のように前に出て話していた。私も彼女のような位置に座りたかったし、座れたかもしれないのよ」と叫びます。この書籍の最も優れた点はそうした、白人とアジア人、男性と女性、老人と若者といういくつもの関係性が目まぐるしく入れ替わる、その中で歴史を記録していく部分だと思います。

ウェールズの人々は日本軍にかなり激しく虐待された捕虜なのですが、彼らは一方でイングランドによるウェールズの蹂躙についてもよく記憶している。だからイングランドも悪いのだ、という帳消し論法ではなく、そうした複雑さを複雑なままひたすら書き記していく、この書籍にはそうした繊細さがある。そしてその複雑さは読者に対して、とても強い吸引力を持ちます。

内容として繰り返しや水増しがほとんどなく、本の内容を要約しようとするとふえるワカメみたいに本の分量よりも大きくなってしまうのではないか、と思うほどの濃密さがあります。十分に紹介できたかどうかわかりませんが、とにかくおすすめの一冊です。

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