見出し画像

自民党総裁選のゆくえ

自民党総裁選挙が来年(2021年)9月に予定されている。東京オリンピックが1年延期になったことで、再延期や中止になければオリンピックの直後に総裁選が実施されることになった。

安倍首相4選も囁かれてはいるが、総裁任期は3年連続3選と党則で定められているため、安倍首相が出馬するには前回の総裁選の際と同様に党則の改定が必要となる。ちなみに、2017年に再々選(3選)を禁じる党則が改定されて、現行の任期規定となっている。

安倍首相が4選を目指すかは、正直わからない。個人的には、東京オリンピックを花道に任期満了で退任したほうが格好がつくと思っているが、もし安倍首相が出馬すれば、党則を再変更しないといけないから多選批判はそれなりにあるだろうが、それでも当選はほぼ間違いないだろう。

安倍首相の権力の源泉は、党内での「数の力」だ。安倍首相の出身派閥は清和会であり、これは事実上の安倍派となっている。ちなみに、21世紀に入ってからの自民党の総理・総裁は、麻生副総理を除いて全員が清和会出身である。保守傍流で、もともとは経世会(田中派の流れ)が絶対的支配力を有していた時代には冷や飯を食っていた派閥なのだが、小泉元首相の長期政権のあいだに勢力を伸張し、いまでは清和会がかつての経世会のような存在となっている。党内第1派閥である清和会の支配力が、安倍首相の長期政権の礎となっているのは間違いない。

清和会以外にも、安倍首相を支える「数の力」がある。安倍首相の盟友である麻生副総理が会長を務める志公会だ。かつては党内最小派閥のひとつに過ぎなかった麻生派だが、現下の長期政権のなかで要職を占め続ける麻生副総理の求心力の高まりと他派との合併により、現在では党内第2派閥となっている。2017年に安倍首相が退陣した際、安倍首相が後継として頼んだのは麻生副総理であった。

当時、小泉元首相の後継として華々しく総理大臣となった安倍首相だったが、「消えた年金」問題などで支持率が急降下し、最後は体調不良で退陣せざるを得なかった。安倍首相を支持していた人たちの多くは、落ち目となった彼のもとから次々に去っていった。そのなかで最後まで安倍首相を裏切らなかったのが、菅官房長官や甘利自民党税務調査会長、そして麻生副総理などで、彼らがいまの安倍長期政権の基礎となっており、要職を占め続けているのだ。安倍首相と麻生副総理の信頼関係は相当なものと見るべきであろう。

2020年3月現在の自民党各派閥の勢力は次のとおりだ。

清和会:97名、志公会:56名、平成研:54名、志帥会:47名、宏池会:46名、水月会:19名、近未来:11名、無派閥:67名、合計:397名

安倍首相の清和会と麻生副総理の志公会を合わせると153名となり、党内の約4割を占めている。無派閥のなかにも実質的には安倍派のような人たちが多数いるから、安倍首相と麻生副総理の「数の力」だけで党内の過半数を制しているのである。

なお、かつてはほとんどいなかった無派閥だが、世間の派閥政治批判と小泉元首相時代に「脱派閥」のような動きがあったことから、現在では無派閥議員が一定数いる。しかし、無派閥だからといって党内の人間関係が希薄とは必ずしもいえないわけで、シンパのような人たちが多いのが実情だ。

余談だが、派閥の最も重要な役割は総理大臣を輩出することにある。総理大臣を輩出することによって出世のためのポストを得やすくなるし、自分たちの政策を通しやすくもなる。派閥に属することは、かつては立身出世のために必須だったのだ。

現在では、衆議院選挙における小選挙区制の導入と政党助成金制度によって党執行部の権力が大きくなっていることから、派閥に属するメリットはかつてほどではなくなっている。

小選挙区制では党の公認を得ることが重要となったので、党執行部の握る公認権が高い価値を有するようになった。政党助成金制度の導入は企業献金の制限とバーターだったので、各派閥ごとの資金集めは難しくなった一方で、税金から拠出される大きなお金を党執行部が一手に握るようになった。

それはともかく、安倍首相には基礎数と言うべき党内の支持が過半数を超えているゆえ、それが抑止力となってだれも対抗できない状態となっているのだ。したがって、仮に安倍首相が総裁選に出馬すれば圧倒的に優勢であり、よほどのことがないかぎりは再選間違いなしなのである。

だが、東京オリンピックが1年延期となったことで、オリンピックを花道に退任という流れはできやすくなったと思う。そこで、次に安倍首相が出馬しなかった場合のシナリオも検討していく。

世論調査などでポスト安倍としてよく名前が出てくるのは、石破議員、岸田政務調査会長、小泉環境相、菅官房長官、茂木外務大臣、稲田議員などだ。しかし、私が本命と考えている人物は、このなかにはいない。私は、ポスト安倍の本命は河野太郎防衛相だと考えている。対抗が岸田政調会長で、大穴が菅官房長官だ。

なぜ河野防衛相を本命と考えるのかというと、彼の立ち位置が絶妙だからだ。彼は党内第2派閥である麻生派に属しているが、麻生派はもともと河野洋平元衆議院議長が設立した大勇会を引き継いで、麻生副総理が設立した為公会を母体としている。麻生副総理は「義理と人情とやせ我慢」という大野伴睦元副総裁の言葉をモットーにしており、妙に義理深い一面がある。

もし河野防衛相が出馬する意向を示せば、お父さん(河野元衆院議長)への義理もあって、所属派閥の長として応援しないわけにはいかないだろう。また、河野防衛相は改革派であると見られており、安倍首相に近しい議員たちも比較的応援しやすい候補になるはずだ。つまり河野防衛相は、安倍政権内での二大実力者の麻生副総理、菅官房長官ともに推しやすい総裁候補なのである。

安倍首相が総理退任後も影響力を保持し続けようとすれば、自分を支えてきてくれた麻生副総理と菅官房長官が対立を深めるのは好ましくなく、出来得るかぎり避けようとするはずだ。そうしたとき、河野防衛相は安倍首相から見ても魅力的な候補に映るだろう。実際、河野防衛相は近年、安倍政権内で急速にキャリアを積み重ねてきている。第2次安倍政権発足当初から4年8ヶ月外務大臣を務めた岸田政調会長の後を継いで外務大臣に抜擢され、さらに現在は防衛大臣を務めている。

それまでは党内で異端児と見られていて、出世コースから外れていたとは思えない重用されぶりだ。そもそも河野防衛相の祖父は河野一郎元副総裁であり、自由民主党のオーナーのひとりと言っても良い人物である。血統が重視される自民党での党内世論形成において、この点も大きな後押しとなるだろう。また、総裁選で必要となる資金力も、政界有数の資産家である河野家の跡取りの河野防衛相ならば申し分ない。

こうした観点から、ポスト安倍の最有力候補は河野防衛相だと私は考えている。

また、対抗馬として岸田政調会長を挙げたが、彼が総裁選を勝ち抜くためにはいくつかの条件がある。まずはじめに、麻生副総理からの支持を得ることだ。岸田政調会長が会長を務める宏池会は党内第4派閥で、決して大きな派閥ではなく、他派からの支援が必須となる。それゆえ、岸田政調会長は安倍首相からの支持と禅譲を期待しているわけだが、他人の力を頼りにしているためか、岸田政調会長にはどうしても力不足感が漂っている。

仮に安倍首相がほかの人物を後継総裁に推した場合、いまのままでは岸田政調会長の目は潰えてしまう。そこで彼は自分から仕掛ける必要があるわけだが、もし麻生副総理の支持を得ることができれば効果は絶大だ。党内第2派閥の麻生派と第4派閥の岸田派が手を組めば合計102名となり、清和会を超える一大勢力となる。そうなれば、勝ち馬に乗る心理から党内支持を一気に拡大するのが容易となるだろう。そして盟友である麻生副総理との無意味な対立を避けたい安倍首相は、麻生派と岸田派が連合したならば岸田政調会長を推すことになるはずだ。

すなわち、岸田政調会長が総裁選を制するためには麻生副総理の支持を得ることが手っ取り早い手で、それなしでは安倍首相の胸三寸となってしまい、安倍首相が禅譲してくれるかどうかも不透明なのである。

では、岸田政調会長はいかにして麻生副総理の支持を取りつけるかという話になるが、ここで「大宏池会構想」が鍵となってくる。「大宏池会構想」とは、かつて分裂した宏池会の流れを汲む派閥を合併して、もう一度同じ派閥に戻ろうというものである。この構想は度々浮かんでは消えてきたのだが、「大宏池会構想」の熱心な提唱者は、実は麻生副総理なのである。

そこで岸田政調会長が総裁選での支援を条件に、麻生派と岸田派の合併話を麻生副総理に持ちかけたならばどうだろう。合併話が成れば宏池会は清和会を凌ぐ党内最大派閥となり、麻生副総理はその会長となる。麻生副総理はまさしくキングメーカーとなるのであって、この合併話は彼の野心を満足させるに違いない。つまり岸田政調会長は大宏池会の実現と引き換えに、麻生副総理の支援を得ればいいわけだ。

以上見てきたように、河野防衛相にしても、岸田政調会長にしても、麻生副総理の支援を得るか否かが明暗をわけるポイントとなる。だが、麻生副総理が岸田政調会長を支援した場合、面白くないのは菅官房長官であろう。

麻生副総理と菅官房長官は犬猿の仲として知られているし、前回の参議院選挙広島選挙区での騒動を見てもわかるように、菅官房長官と岸田政調会長も対立している。もし岸田政調会長が当選しそうならば、菅官房長官はなんとしてもそれを阻止しようとするはずだ。そうなってくると、菅官房長官はだれかを擁立しようとするだろうし、もしかしたら本人の出馬だってありうるのである。

仮に岸田政調会長と菅官房長官の一騎打ちとなった場合、安倍首相がどちらにつくのかが最大の焦点となる。安倍首相の動向次第では、菅官房長官の当選の目も出てくるだろう。

現時点での見解ではあるが、私はポスト安倍の本命は河野防衛相、対抗は岸田政調会長、大穴は菅官房長官だと考えている。なお、メディアでよく名前が挙げられる石破議員については、また別稿で意見を述べたいと思うので、本稿はここまでにする。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?