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ヒョードル・ドストエフスキー「罪と罰」(5)

ある日、ラスコーリニコフのもとを一人の中年男性が訪れてくる。スヴィドリガイロフである。彼は多額の借金を肩代わりしてもらった代償に、マルファという女性と結婚していた。しかし、ラスコーリニコフの妹ドゥーニャに好意を抱き、邪魔になったマルファを殺害したとの噂が流れていた。

スヴィドリガイロフはラスコーリニコフに対して、ドゥーニャが成金弁護士との婚約を破棄してくれるなら、金を出すからドゥーニャに会いたい、と言い出した。ラスコーリニコフはその申し出を断るが、スヴィドリガイロフは諦めきれない。別れ際、スヴィドリガイロフはラスコーリニコフに謎めいた言葉をかける。

『我々はどこか似ている気がする』

屋根裏部屋に住むラスコーリニコフと好きでもない女性との結婚生活を送るスヴィドリガイロフ。牢獄に囚われているような二人の状況は似ている。スヴィドリガイロフは、ラスコーリニコフの分身的な存在なのだ。

スヴィドリガイロフの言葉
『正直になることくらい困難なことはないが、お世辞くらい簡単なものもない。お世辞を使えば、どんなにお固いローマの尼さんだって口説き落とせますよ』
『だれより自分を上手に騙せる人間が、だれより楽しく生きられるってわけです』

スヴィドリガイロフは、好色家で二ヒリスティックな性格だが、ドゥーニャを真剣に愛している。

老女を殺す悪夢にうなされるラスコーリニコフは、孤独と恐怖に苛まれていた。そしてソーニャを訪ねた。二人は語り合い、やがて神への信仰に話が及ぶと、そこで怖ろしい事実が明らかになる。老女殺害の際に一緒に殺した老女の義理の妹リザヴェータはソーニャの親友だったのだ。

それを知ったラスコーリニコフはひどく動揺する。そして聖書の一節である「ラザロの復活」を朗読してほしいとソーニャに頼んで、読んでもらった。

『ぼくには、もう、君一人しかいない。』

『一緒に行こう…ぼくは君のところに来た。ぼくらは二人とも呪われた者同士だ。だから、一緒に行こう』

帰り際、ラスコーリニコフはソーニャに告げる。

『ぼくは君の親友を殺したやつを知っている。明日、君だけに言うね、犯人がだれなのか』

「ラザロの復活」は、イエス・キリストの奇跡のひとつとされている。ラザロが葬られて4日後、イエスが墓の前で「ラザロよ、出てきなさい」と言うと、死んだはずのラザロが蘇るという話である。キリストが人類全体の罪を救済すると解釈されてきた。

ラスコーリニコフは「ラザロの復活」が自分の運命と重なっていると感じ、復活の姿を思い描いてソーニャに朗読を頼んだのかもしれない。

『彼女の道は三つだ。運河に身を投げるか、精神病院に入るか、それとも…それとも…いっそのこと性の快楽に身を委ね、理性を麻痺させて、心を石にしてしまうか』

ラスコーリニコフがラザロを、ソーニャがイエス・キリストを重ね合わせるとすれば、ラスコーリニコフは自らの復活の希望をソーニャに託していたのだろう。

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