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ホセ・オルテガ・イ・ガセット「大衆の反逆」(2)

保守主義者と思われがちなオルテガだが、彼自身は保守主義者であると同時にリベラリストだと自認していた。

『自由主義は最高に寛大な制度である。なぜならば、それは多数派が少数派に認める権利だからであり、だからこそ、地球上にこだました最も高貴な叫びである。人間という種族が、これほど美しい、これほど逆説的な、これほど優雅な、これほど軽業に似た、これほど反自然的なことを思いついたとは信じがたいことだ。だからこそ、これはあまり困難で複雑な制度である』

『敵とともに生きる!反対者とともに統治する!こんな気持ちの優しさはもう理解しがたくなり始めていないだろうか。反対者の存在する国がしだいに減りつつあるという事実ほど、今日の横顔をはっきりと示しているものはない。ほとんどすべての国で、ひとつの同質の大衆が公権を牛耳り、反対党を押しつぶし、絶滅させている』

オルテガのいう貴族とは、敵や反対者とともに統治していくことができる者のこと。勇気や責任感を持ち、大衆に迎合しない精神の貴族のことだ。

『貴族の本来の意味、つまり語源は、本質的に動的である。高貴であるということは、彼を著名にするもととなった並々ならぬ努力のあったことを意味する。高貴な身分は、義務を伴うのである』

『思想とは、真理に対する王手である。思想を持とうとする者は、そのまえに真理を欲し、真理を要求する遊戯の規則を認める用意がなくてはならない』

王手とは、完成の一歩手前の状態のことで、つまりオルテガは真理を手に入れたと思い込む慢心を諌めているのである。

『食料が不足して起こる暴動の際に、一般大衆はパンを求めるのだが、なんと、そのやり方はパン屋を破壊するのが常である。この例は、今日の大衆が、彼らを養ってくれる文明を前にして、広範な、複雑な規模で反応する行動の象徴として使うことができる』

『大衆人とは、波間に浮かび漂う人間である。だから、彼の可能性と権力とが巨大であっても、なにも建設しない。そして、この型の人間が我らの時代を決定しているのだ』

いたずらに自己利益を求め、感情のままに彷徨う大衆が、ひとたびひとりの独裁者に先導されると、国は一気に破綻してしまう。それこそがオルテガが指摘した「超民主主義」である。大衆は自由を獲得しようとして、自由を支えてきたものを破壊しているのだ。

『古い民主主義には、自由主義と法に対する熱情がたっぷりと盛り込まれていた。これらの原理に服するために、個人は厳しい規律を自らに課したものだった』

『支配するとは、拳(で撲ること)より、むしろ尻(で坐ること)の問題である』

オルテガの世界観は、死者の色々な経験に縛られて、現在を生きる我々は存在しているというもの。我々の社会は先人たちが築いた過去の叡智や歴史の上にあり、「死者は生きている」というのが、オルテガの考え方である。しかし、我々は現在生きている人間だけでなにかを変えようとしてしまう。それは過去や死者を無視することであり、そうした姿勢がさらに進展していくと、人々は自分の根拠なき力を過信し、暴力的になっていくのだとオルテガは指摘した。

『我々現代の人間は、突然、地上にただひとり残されたと、つまり、死者たちは死んだふりをしているのではなく、完全に死んでいるのだ。もう我々を助けてはくれない、と感ずる。伝統的な精神は蒸発してしまった。手本とか規範とか基準は我々の役に立たない。過去の積極的な協同なしに我々は自分の問題、芸術であれ、科学であれ、政治であれ、まさに現代の時点で解決しなければならない。すぐとなりに生きている死者もなく、ヨーロッパ人は孤独である』

『とどのつまり、我らの時代の高さはどうなのだろう。過去のすべての時代より上にあり、知られているすべての充実よりも上にあると感じている。同時に、自己の運命に不安を抱く、自らの力に誇りを持ちながら、その力に怯えている』

現代人は非常に近視眼的になっているが、過去や死者を想うことによって、その思い上がりを抑制することができる。

『私は、私と私の環境である。そしてもしこの環境を救わないなら、私をも救えない』

私の大半は、私自身が選択しないものによって成り立っている。自らが選択していないことに、我々は多大な影響を受けているのだ。

イギリスの作家、G・K・チェスタトン(1874〜1936)は、次のように述べている。

『伝統とは、あらゆる階級のうち最も陽の目を見ぬ階級、我らが祖先に投票権を与えることを意味するのである。死者の民主主義なのだ。単にたまたま生きて動いているというだけで、今の人間が投票権を独占するなどということは、生者の傲慢な寡頭政治以外の何者でもない。民主主義とは伝統、このふたつの観念は、少なくとも私には切っても切れぬものに見える。我々は死者を会議に招かなければならない。古代のギリシャ人は石で投票したというが、死者には墓石で投票してもらわなければならない』

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