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ヒョードル・ドストエフスキー「罪と罰」(1)

ヒョードル・ドストエフスキー(1821〜1881)の代表作「罪と罰」は、1866年に「ロシア報知」に連載されるかたちで発表された。ドストエフスキーが45歳の時の作品で、全6部とエピローグから成る哲学・心理小説である。7月7日から7月20日までの2週間の物語だ。ちなみに、「ロシア報知」にはほぼ同時期にトルストイの「戦争と平和」が連載されていた。

「罪と罰」の主人公は、学費が払えず、大学の法学部を除籍となってしまった貧しい青年、ラスコーリニコフ。「社会に害をなす人間は殺されて当然だ」という考えに取り憑かれたラスコーリニコフは、貧富の差が激しい社会に不満を持ち、悪徳高利貸しの老女を殺してしまう。

「罪と罰」の舞台となったのは、1860年代半ばのペテルブルク。皇帝による農奴解放令が発布され、農奴に移動や職業選択の自由が与えられた。その結果、貧しい農民たちは豊かさを求めて大都市へと押し寄せていった。しかし、成功する者はごくわずかで、多くの者は物乞いや娼婦となり、犯罪も急増していた。

農奴解放令で法令上では自由になった農奴たちだが、彼らには金がなかった。そんな農奴たちは、信仰に変わる新たな神として自らの「自由」と「欲望」を実現してくれる「金」を見出したのである。社会が変わることで得をする者もいるが、何も得られず、むしろ状況が悪くなってしまう人は、いつの時代も必ず出てくるのだ。

『全体の幸福なんて待っていられるか。俺はちゃんと生きたい。でなきゃ、生きてない方がマシだ。それのどこが悪い』

「罪と罰」は夏の物語だが、ロシアの冬はすべてが雪で覆われるので、汚れは全部きれいになってしまう。ロシアは7月下旬にかけて白夜の季節で、最も暑い時期となる。その時期には、街の赤裸々な、まさに犯罪が起こりそうな雰囲気がある。しかも白夜によって、登場人物たちは時間感覚を喪失してしまう。ある種の狂気が漂う雰囲気のなかで、ラスコーリニコフの犯罪が起こるのだ。

『通りは酷い暑さで、しかも息詰まるような熱気と雑踏、辺り一面の漆喰、建築の足場、煉瓦、土埃、そして別荘を借りる余裕のないペテルブルクっ子ならだれもが知る、あの、夏特有の悪臭』

「罪と罰」のスケジュール

7月7日、ラスコーリニコフが殺人計画の下見をする

7月8日、ラスコーリニコフの母から手紙が届く
               広場で老女の義理の妹の不在日時を立聞きする

7月9日、高利貸しの老女と義理の妹を殺害

7月10日、家賃未払いの件で警察に出頭し、卒倒する
                 老女から奪った金品を隠す

7月11日〜13日、意識不明で眠り続ける

7月14日、意識が回復し、娼婦ソーニャと出会う
                 上京してきた母と妹ドゥーニャと再会する

7月15日、予審判事と「犯罪論」について話し、対決
                 妹に言い寄るスヴィドリガイロフが来る
                 ソーニャに聖書の一節を朗読してもらう

7月16日、予審判事と再び対決
                 ソーニャに老女殺しを告白する

7月17日〜18日、記憶が混濁する

7月19日、予審判事から自首を勧められる
                 スヴィドリガイロフが妹に老女殺しを暴露

7月20日、スヴィドリガイロフがピストル自殺する
                 ラスコーリニコフが警察署に自首する


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