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僕の推しが神戸サポだった話

※井上さん本人の個人情報に関する記述があったため、該当部分を全て削除致しました。申し訳ございません。

2019年4月、ある1本のブログから物語はスタートする。

スポーツ観戦もしたいなー!
よくサッカーの試合見に行ってたんですよー!でも最後に見に行ったのは高1か高2ぐらいかな?
時間に遅れちゃって席があいてなくて、サポーター席のめっちゃ盛り上がって場所で観戦した記憶が(笑)また観戦しに行けたらいーなー

このブログの筆者は井上梨名さん。2001年1月29日生まれの兵庫県出身、欅坂(現櫻坂)46の2期生だ。

彼女のことを深く掘り下げていく前に、まずは簡単にこの頃の僕についてまとめておこうと思う。

序章

僕はこの1年前、6枚目シングルの「ガラスを割れ」あたりから欅坂が本格的に好きになったヲタクだ(経緯は長くなるのでカット)。当時は新潟出身の某メンバー(ググって)を推しメンとしていたのだが、色々あってスキャンダルから休業し、そのまま18年の11月に卒業。正直、結構凹んだ。当時はほかに推しがいなかったので、暫くは推し不在の状態で欅坂を追っていこうか、と思っていた矢先に加入したのが井上さん含む2期生の9人だった。

当時僕は例に漏れず、欅坂への2期生加入に反対の立場だった。理由は色々とあるのだけれど、当時の欅坂は全員選抜を導入していたことから「1期生21人こそが至高!」という風潮があり、さらに運営が何の予告もなしに2期生数名を卒業などで空いたポジションに放り込むなどの暴挙をやらかしたこともあり、正直僕は2期生の事を好きになれていなかった。

同じ兵庫県民だったため井上さんの事も一応気にはかけていたのだけど、諸般の事情があったため本気で推す!という所までには至らず。当面は1期生の小池美波さん(彼女も兵庫県民)を推すということで卒業の悲しみを埋めていた。

転機

そんな井上さんへの気持ちが変わり始めたのが翌年3月の大阪での全国握手会だった。手持ちの握手券をほぼ使い切り、残りは1枚。「せっかくやし井上さん気になるから行ってみるか」と、レーンに足を運んでみた。

着いてみるとレーンは閑散としており、もしこの時券を何枚か持っていれば秒でループ(何回も同じレーンに並ぶこと)できるだろうなといった感じだった。だが、そんな中でも井上さんはしょぼくれたヲタク(筆者)相手に笑顔を絶やすことなく対応。その日から髪型をショートヘアに変えてきていたこともあり、1枚という短い時間ではあったけれどあの笑顔が強烈に脳裏に焼きついた。

長くなってしまったが、2019年4月25日に話を戻す。そういった経緯で井上さんの事が気になっていた僕にとって、このブログはさらに沼への速度を加速させるブースターだった。無論僕はサッカーとヴィッセル神戸が大好きなので、現地で観戦をしたことがある!という事実だけでテンションは上がる。さらに前述したとおり、井上さんは兵庫県出身。頭のどこかでは「さすがにそんな上手い話はないやろ」と思いつつも、「もし今度握手会があったらどこの試合を見に行ったことがあるのか聞いてみよう」と決心していた。

停滞

このブログがUPされてから程なく、8枚目シングル個別握手会の2期生追加販売が発表。

当然行く気は満々だったのだが、京都での開催日は自身の部活の試合と重なってしまい、泣く泣く断念。その当時は「まあ次のシングルで聞けばええか...」程度にしか思っていなかったし、実際数ヵ月後に9枚目シングルの年内発売が決定する。

井上さんも初めて導入された選抜制度で無事3列目に選ばれ、さあこれで聞く機会ができたなと思っていたのだが、ここでまさかの問題が立て続けに発生する。

いわゆる"関しまして構文"である。発表以降続報がなかったため心配しているヲタクは多かったのだが、12月のこのアナウンスで正式に9枚目シングルの発売延期が決定してしまう。

年明けの1月23日には長らくセンターを務めていた平手友梨奈ら3人が脱退,卒業。9枚目でも当然平手がセンターを担当していた為、シングル発売が事実上不可能になってしまった。

ここから先の半年は欅坂ヲタクにとってまさに地獄と言えるような時間だった。コロナ禍によるアニバーサリーライブの中止,欅共和国の中止,そして7月の配信ライブでの改名発表…

正直、今でも思い出したくないような出来事の連続だった。

それでもヲタクを辞められなかったのは、もちろんまだ神戸サポかどうかを確かめられていなかったからでもあるのだが、何より悲惨な状況下でも頑張ってくれている井上さんを見捨てるわけにいかないな、と思えるようになったからだ。

あの配信ライブ、キャプテンの菅井友香さんが改名を発表した瞬間に井上さんは後ろで泣いていた。正直僕自身改名には大反対だったしこれを機にヲタ卒しようかとも考えていたけど、あの姿を見ると「ヲタク生活で最後に見るのは推しメンが泣いているところではなくて笑っているところがいいな」と思えたのだ。

こうして人は勘違いしたヲタクに育っていく。

改名

そうして10月に欅坂46はラストライブを無事終え、櫻坂46に改名。同時に1stシングルの発売と、オンラインミート&グリート会の開催を発表する。

非ヲタクの人向けに簡単にミート&グリート会(通称ミーグリ)を説明すると、要するに握手券を取ったぶんの秒数だけ専用アプリを通じてビデオ通話ができますよ、という会だ。

その時点で僕が動かせるお金は1万円。なけなしの所持金をつぎ込み、12/20と1/10の分をそれぞれ4枚づつ確保することに成功した。

決戦

そして迎えたミーグリ当日。僕の作戦はこうだった。

握手券を1枚しか持っていない4部ではこの話題を完結するのは難しそうなので、とりあえずは穏便に流していこう。その上で3枚持っている5部でこの話を切り出そう。

直前まで僕は普通の普段着でミーグリに臨むつもりだったが、あるフォロワーさんのアドバイスにより思い切ってヴィッセルのユニフォームを着ていくという重大な決断を下す。後から考えると、ここでの判断が嬉しい誤算を呼ぶこととなる。

これが実際の4部のレポートだ。

まさかまさか、井上さん本人がユニフォームを着ていることに気づいてくれたのである。4部でヴィッセルの話をするつもりはほぼなかったので、内心めちゃくちゃ焦ったのだが。

何はともあれ、ユニフォームに気づいてくれたことによって井上さんがサッカーをある程度知っているのは証明できたのだが、1度落ち着いて考えるとこれだけで彼女が神戸サポだと証明することはまだできない。「他のチームのサポーターだけど、ヴィッセルは知ってる」というパターンは十分に有り得る。

というわけで、5部では神戸サポだと確証が持てるような質問をすることに決定。回線が乱れないことを祈りながら、静かにその時を待った。

5部のレポートはこれである。

正直、勝ったなと思った。彼女自身の口から「試合に行ったことがある」という言葉が聞けたのだ。感無量だった。

ここで彼女の1年半前のブログをもう一度見てみる。

よくサッカーの試合見に行ってたんですよー!でも最後に見に行ったのは高1か高2ぐらいかな?
時間に遅れちゃって席があいてなくて、サポーター席のめっちゃ盛り上がって場所で観戦した記憶が(笑)また観戦しに行けたらいーなー

彼女が高1・高2だった時期は、丁度神戸でレアンドロが得点王を取るなど猛威を振るっていた時期に重なる。というわけで、「井上梨名さん、神戸サポ説は」無事立証された。1年半の我慢はついに報われたというわけである。

あとがき

纏まりのない長文にここまで付き合っていただけた読者の皆様には本当に感謝である。結局何が言いたいかよく分からない文章になってしまった感はあるが、某M-1チャンピオンの言葉を借りるなら「皆さん、諦めないでください!」と言ったところであろうか。正直この言葉で纏めていいのかにも納得がいっていないのだが。

この記事を読んだ神戸サポーター,井上梨名さんのファンの方が少しでもヴィッセル神戸と井上梨名さんに興味を持っていただけるなら非常に嬉しく思う。このような接点を持つことで双方のコンテンツに好影響が与えられると僕は信じているので、是非"架け橋"として布教に積極的に励んでいければな、と思っている。

いつの日か彼女がノエスタのピッチで神戸讃歌を歌う日を夢見ながら、この項を終わりにしようと思う。