缶ビール

お店でいつも缶ビールを飲んでいる人。
陽気でやたら馴れ馴れしくて社員さんにいつも叱られているお客さん。

飲みすぎて、叱られて、もう飲むなと言われることもしばしば。
それでも通い続けてくれている。


初めてお店に入ったとき、すごく緊張した。
でも、その人が私の緊張を解いてくれた。

その人は私のことを好きだと言う。それはおじさんがよくいう冗談の一つでもあり、本音でもあると私は思う。

その人は接客における私の悪いところを指摘してくれる。それは、私のことが好きだから故のことだとその人は言う。私はそれを本音だと思う。

私はその人が好きだ。
その人はいつもふざけているようで、実はすごく悩んでいるのだと思う。その人はときどき悲しい目をする。その目は、他の人には知られていないようだ。
私だけが知っている側面。私はそれを嬉しく思う。

その人はどんなにお酒を飲んでも自分を崩すことはない。少しビールを溢してしまっただけで反省をし、それまでどんなにふざけていても「これはいけない」と真面目な顔になる。

私はその人が素面の状態であるのを見たことがない。常にアルコールを体内に入れている。
その人のお酒を飲んでいない姿を見たいとも思うが、見たくないとも思う。その人がその人ではなくなるかもしれないからだ。

私はその人とお酒を飲みに行きたいと思う。しかし、行っては行けないとも思う。缶ビール以外のなにかをその人が摂取したとき、私の中でその人が崩れてしまう気がするからだ。

だから、私はその人にこれ以上近づくことができない。私は半年後にバイトを辞め、その人と会うこともなくなるだろう。それがその人と私の運命なのだろう。

私は缶ビールを飲む。そうすると、あの人のことを思い出すことができる。私は、あの人に近づきたい。せめて私を思い出させる何かを与えたい。

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