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村上春樹論



こんにちわ!新井慶一です!!10月4日
村上春樹の「ノルウェイの森」を読んだのは20代後半。そのころJAたのふじ平井支店営農部で黄土色のワークマンの作業着を着て根を詰めて働いていた。毎日軽トラックでパールライスの配達や家の光を農家に配っていました。仕事帰り家の近くの藤岡市上大塚新田に新しく出来た安原さんの本屋さんで手に取り読んだ。赤と緑の2冊の本を夢中で読む。著者の自伝的小説らしく関西から上京して目白の大学の寮に生活することやまわりの学生が安保反対のデモ隊に参加することなどが書かれている。しかしながら著者がマルクス主義に疑問を持ち学生運動からも距離を置いて1930年代のロストジェネレーション作家であるチャンドラーやギャツビーを読み戦後のアメリカ文化であるモダンジャズのレコードを聴くすがたにあの当時からするとずいぶんと変わっているひとだと思った。ダンスダンスダンスには白けたし、羊たちの冒険もここまでかと思ったのでこの本には本当に驚いた。ファンタジー小説から突然リアリズム文学に変わっていた。早稲田大学の学生寮の生活から書いているところが今までの作品になかったので余計に興味があった。夜の池袋駅周辺をお酒を飲み女の子と遊ぶ若者たちをヒリヒリするような孤独感で描いてありそんな場所を彷徨する著者もどこか別のぽっかりと心に穴があいたような喪失感に悩んでた。それは僕にも経験があるが18才の頃には中学生や高校生のときにすでに恋が始まっていてその女の子のことが忘れる事が出来なくなっているために、東京の大学で知り会う女の子と恋愛が出来なくなってしまうというジレンマに悩んでいた。村上春樹文学とは生まれ育った街でまだ幼い幼馴染み女の子と頭の良い青年の激しい恋と喪失のお話しなんです。大学へ行くために郷里の神戸に好きで堪らない女の子を残してしまいその子の事がいつまでも忘れる事が出来ないために新しい恋に踏み出せないでいる。「我らの時代のフォークロア―高度資本主義前史」という短編で中学生のころビーチボーイズの「サーフィンUSA」を彼女の家で一緒に聴いたことが忘れられないと書いてある。そんなおセンチなお話が村上ワールドの核になっています。文学は架空のものだけれどもそこには自伝的要素を入れていかないと人を感動させることは出来ないもの。そのあとこの本の影響で他の作家を読めなくなりたぶん5年間か7年間ぐらいは村上春樹の本の癖になってしまう。やっとのことで村上春樹から抜け出たのは35歳のときサマセットモームの「月と6ペンス」を読んでからでした。そのあいだは村上春樹にどっぷり浸っていました。そのころ読んで良かったのは旅行記の遠い太鼓 (講談社文庫)かな。ひとりでイタリアやギリシャを旅行しながらノルウェイの森を書いていたらしい。後日談として興味深い。10月5日明日はノーベル文学賞の発表日。村上春樹さん今年こそノーベル文学賞をお願いします。村上さんは僕の分身だから。村上さんは僕自身たから。

村上春樹先生の随筆「シドニー」が1番好きかも。ココ何年か村上春樹さんの本を読まないでいた。20代から30代にかけて夢中で読んでいたら村上春樹中毒になり5年間以上も他の人の書いた小説がまったく読めなくなり読書範囲が狭まってしまい、やっとサマセット・モームの「月と6ペンス」に感動して村上春樹ワールドから抜け出せました。村上さんは中毒になります。それからはあえて距離を置いて読むようにしていました。それでも数年ぶりに本屋さんで「シドニー」を見つけたら、久しぶりなせいか新鮮に感じ、あまりにも明るくって楽しそうなのが良かった。本の中で、マクドナルドの看板がグレードバリアリーフにあるので行こうとしたら、まだ50キロも100キロも先なのでガッカリするところなど。日本では考えられません。オーストラリアは広い土地なんだなあ。この本を読むと、間違いなくオーストラリアに行きたくなります。もっともっと読みたい、終わらなければいいと思えました。ネットを見ていたら、僕と同じようにこの本は何故かしら元気が生まれると書いてありました。やはりみんな同じだなぁなんて思っています。


1 ノルウェーの森
早稲田大学時代
2 国境の西、太陽の南
早稲田大学を卒業後のジャズ喫茶時代
3 我らの時代のフォークロア―高度資本主義前史
村上さんの小中高校生の頃の初恋の思い出
サーフィンUSAのレコードを彼女と一緒に聴く
ところ。
この3冊で何となく村上春樹ワールドが捉えられるかと思います。

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