是枝映画『ベイビー・ブローカー』レビュー。「雨=水」は、孤独を追い詰める冷たさにもなるし、一緒に味わった「喜び=幸福な思い出」にも変わる。
言うまでもなく雨=水が意図的に使われている映画だ。深夜に降り注ぐ圧倒的な雨から始まり、ワイパー越しのフロントグラスなど雨のシーンは前半とても多い。さらにソヨン(イ・ジウン)の「雨」と「雨だれ」は違うという台詞や「貴方が傘を持ってきて」とソヨンがドンス(カン・ドンウォン)に伝える場面。そして洗車場の車の中でみんなでかぶった水、「海ヘ」という少年の名前=海進(ヘジン)、3歳になったウソンがイジン(ペ・ドゥナ)夫婦と戯れる海。解釈は自由だ。「土砂降りの雨」から「海へ」とつながる物語。雨の中で一人、赤ちゃんを捨てるズブ濡れの女の孤独は、傘を持ってきてくれる相手がいることで救われたはずだし、みんなでかぶった洗車場の水は幸せの思い出になる。さらに『万引き家族』でも使われた「海」は疑似家族にとっても幸福を味わえる特権的な場所だ。雨や水は、シチュエーションの違いによって印象は全く変わる。孤独を追い詰める冷たさにもなるし、一緒に味わった冷たさが「喜び=幸福な思い出」にも変わる。
是枝監督らしい優しさに満ちた映画だ。それはちょっとユートピア的過ぎる疑似家族の物語とも言えるし、「みんな、優しすぎるだろう」、「善人過ぎるだろう」という感想もある。しかし、今の時代、見ず知らずの他人同士がつながっていく温もりのあるこういう映画は必要なのかもしれない。これまで是枝監督は、一貫して他人同士のつながり、疑似家族的なものに関心を寄せてきた。人は人との関わりにおいて、変わっていく。変わっていける力がある。孤独の闇や対立さえも、関係によって前向きに乗り越えていくというところが、是枝監督らしい「人間への肯定感」だろう。ややストレートに強調しすぎな「生まれてきてくれてありがとう」という感謝の言葉は、エンタメ映画としてこの映画を受け入れやすくしている。
一人の命=赤ちゃん(ウソン)の存在によって、それぞれの人生が変わっていく物語だ。「海へ」そして、「空へ」。それは「未来の希望へ」でもある。それだけ赤ちゃんには、人を変える力がある。孤児院で育ったイケメンのドンス(カン・ドンウォン)が赤ちゃんを抱いているシーンのなんと微笑ましいことよ。借金まみれで家族を失い、赤ちゃんを金目的で奪ったサヒョン(ソン・ガンホ)が、ウソンの世話を焼いているうちに、人を殺してまで守ろうとした疑似家族。追う者と追われる者という本来敵対すべき関係さえも、変えてしまうのはやや出来過ぎな感じもあるが、「捨てるなら生まなければいいのに」と憎しみを込めて見つめていた刑事スジン(ペ・ドゥナ)は、逮捕するためにウソンの売買を願っていた。しかし最後はウソンの幸せを考えて夫婦で引き取り面倒を見ることまでする。
途中から少年、海進(ヘジン)をメンバーに加えたことで、疑似家族感が強まり、映画を微笑ましいものにしている。是枝監督の子供演出の巧みさが生かされている。洗車場に場面は、この映画の名場面だし、観覧車で吐きそうになってサヒョン(ソン・ガンホ)の膝の上で苦しむ場面もヘジンがいてこそで、その後のドンスとソヨンのせつない観覧車のシーンが生きてくる。
韓国で撮影した『ベイビー・ブローカー』は、『万引き家族』と同じと言えば言えるし、それでもいいのではないかと思う。「全てやりなおせたら良いのに・・・」というソヨンの言葉は、「人生はいつもちょっとだけ間に合わない」という『歩いても歩いても』でも使われた是枝映画の「せつなさ」だ。そんな「優しいせつなさ」が私は好きだ。ソン・ガンホ、カン・ドンウォン、ペ・ドゥナ、IU(イ・ジウン)の役者たちのそれぞれの魅力が存分に描かれている。イ・ジウンは、ちょっと松岡茉優に似ていたように思うのは私だけだろうか。
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