映画『偶然と想像』の会話劇における人生の不確かさ

面白かったなぁ。濱口竜介の会話劇。エリック・ロメールであり、ホン・サンスも思い出すが、この会話劇は濱口竜介そのものでもある。3話から構成される「偶然」をキーワードに展開される小さな物語。出演者はそれぞれ2人か3人のみ。多くの映像は話者のみであり、時制を越えた過去の再現やエピソードは映像化されない。つまり2人の会話劇が中心。単調な映像であり、活劇も派手な場面展開もない。それでもこれだけ面白いのは、会話劇のレベルの高さにあるからだろう。

第1話は「魔法(よりもっと不確か)」。最近、テレビドラマにも見かけるようになった古川琴音のキャラクターにピッタリの物語。古川琴音は最近、今泉力哉の『街の上で』に出ていた。モデルとメイクの女同士の仲良し二人が、仕事帰りにタクシーで会話している。二人を捉えた車内ワンカットが長い。それぞれのワンショットも挿入されるが、基本的には長回しの会話劇で、メイクの女の子の玄理が、男性との特別な出会いの一日のトキメキの恋話をする。その男性が、元カレであったことに気づいた古川琴音が、彼女と別れたあとに、2年会っていない元カレのもとを訪ねる。そんな日常ありそうな偶然の三角関係の物語。古川琴音が二人の前で最悪のことを言ってしまったあとのズームイン、そしてもう一度その場面が語り直されるところは、ホン・サンスの映画とちょっと似ていた。ラスト、渋谷の街を携帯のカメラで撮る古川琴音が、なんか踏ん切りをつけるようでいい。

第2話は、ちょっと性的な物語。メールアドレスの打ち間違いから起こる最悪な偶然。大学教授役の渋川清彦の感情を表出しない棒読みな感じが、なんだか可笑しい。教授の部屋で女子学生と密室にならないように「扉は開けたままで」という自衛が、皮肉となる。他者から認められないジレンマを抱える妻であり、母であり、性的欲望を持つ大学生である森郁月のなまめかしい存在感が伝わってくる。濱口竜介の「朗読する声」という『ドライブ・マイ・カー』と同じテーマが繰り返される。

第3話は、濱口竜介『PASSION』でも共演している濱口組常連の女優二人の物語。仙台で学生時代の同窓会に参加した女性(占部房子)が、かつての特別な恋人との再会と勘違いした偶然の出会いの物語。女性を恋人に持ち、その彼女が結婚して以来、ずっと本当のことを言えなかったと後悔している占部房子は、同窓会の帰り際、仙台駅前のエスカレーターで河井青葉とすれ違う。エスカレーターは『寝ても覚めても』でも印象的に使われていたように記憶するが、何度もエスカレータを上り下りしながら、二人は出会い、別れる。面白いのは、人違いだったことが分かったあとに、それぞれの勘違いした女性を演じ合うところだ。記憶もまた曖昧であり、他者を演じ合うことで、自分が合わせ鏡のように照射されてくる。本当じゃないからこそ、フィクションのなかで真実が露わになる。

3話とも「偶然」をキッッカケに、人生は意外な展開を見せる。想像で嫉妬し、想像で性的な興奮を得て、想像で過去の物語と新たに向き合う。自分とはいかに曖昧で、人生とはいかに偶然に満ちてあやふやで、ちょっとしたキッッカケやそのときの心理状態で大きく変わっていく。偶然と積み重ねを、どう想像とともに、自分にプラスになる物語として引き寄せることが出来るか。そんな人生の不確かな面白みが、この会話劇に描かれている。

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